登場人物紹介

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「助かったよ。急に飲みたくなってやって来たのに、店がいっぱいだから」  男の口から出たのは、完璧な日本語だった。目を丸くするジェイミーに、イタズラっぽく男が笑いかけてきた。 「立派な日本語だな。この店の常連か? 俺たちもそうだが、いままで会ったことはないよな?」  ダグラスの問いかけに、男は曖昧に首を動かす。 「一週間前、日本に来たばかりなんだ。だけど前に日本に留学していて、そのときはよくこのバーに通ってたんだ。つい懐かしくなってね」  男の口調は柔らかく、人懐っこさが滲み出ている。この外見で日本語にも不自由していないなら、さぞかし日本人の女の子にもてるだろう。冷ややかにジェイミーは考える。  ダグラスは自分の名を名乗ってから、男と握手を交わす。男もさっそく名乗った。 「ロベルト・ルスカだよ。イタリアのミラノから来たんだ」  ロベルトと名乗った男の視線が、今度はシンとジェイミーに向けられる。人のいいシンは、ロベルトの物腰の柔らかさにすっかり安心したらしく、さっそく立ち上がって自己紹介し、握手をする。  次いで、色合いの違う三組の瞳が一斉にジェイミーに向けられる。  仕方なく、ペーパーバックを閉じて素っ気なく名乗る。 「ジェイミー・グラハムだ」  握手はしない。男は気を悪くした様子もなく、まるで駄々っ子を見るような目でジェイミーを見た。なんとなくその目が気に食わない。  席についたロベルトが注文したのは、ジェイミーと同じブルー・ムーンだ。  ロベルトには遠慮や臆面といったものがないらしく、あっという間にダグラスとシンと意気投合し、あれこれと自分のことを話し始める。  再びペーパーバックを開きはしたものの、ジェイミーの耳には嫌でも三人の会話が入ってくる。  それによるとロベルトは、ミラノで会社経営をしている父親からの小言に嫌気が差して、馴染みのある日本に逃げてきた放蕩息子なのだそうだ。  ジェイミーのシニカルな思考からそう結論を出したわけではなく、笑いながらロベルト本人がそう言ったのだ。  今はホテル住まいで、何をするでもなく毎日ぶらぶらしているのだという。聞いているだけで腹が立ってくる能天気さと放蕩ぶりだ。 「――でも、そろそろ仕事に取りかからないとね」  グラスに口をつけたロベルトの瞳が、意外に知的な光をたたえる。すっかりロベルトの存在をおもしろがっている様子のダグラスが、突っ込んで尋ねた。 「仕事って、何かアテがあるのか?」 「どこかのお金持ちの令嬢にでも拾ってもらって、養ってもらおうかと思って」  言っている内容の生臭さとは対照的に、ロベルトが爽やかにウインクする。ダグラスとシンは冗談だと取ったらしく、のん気に笑っているが、ジェイミーは違う。  この男は、案外本気で言っている――。  目を細めてロベルトを見ていると、当のロベルトと目が合う。人当たりはいいが、どこかで食えなさも漂う笑みを寄越された。  ジェイミーはぷいっと顔を背ける。  ロベルトは、危険なぐらいセクシーな男だった。令嬢などと口では言っているが、別に御曹司でもいいのだろう。もしかすると、そちらを相手にするほうが得意なのかもしれない。  ジェイミーの、『同類』としての勘がそう告げる。  もっとも、相手はバーでたまたま同席となった男だ。何をしようが関係ない。  どうせ、今夜限りのつき合いだ。  レストルームに立ったジェイミーが手を洗っていると、ドアが開けられた音に続き、鏡越しにロベルトの姿が映った。 「――ハイ」  まるで偶然出会ったように目を丸くしてから、ロベルトが鏡の中で溶けそうに甘い笑みを浮かべ、軽く片手を上げる。  自惚れではなく、自分のあとを追ってきたのだと思ったジェイミーは、ロベルトを無視して手を洗い続ける。  潔癖症のきらいがあるため、ある程度の時間が経つと手を洗わずにはいられなくなるのだ。 大学でも、授業が終わる度にまっすぐ洗面所に向かっているぐらいだ。 「――きれい好きなんだね」  声をかけられても、ジェイミーは無視し続ける。ちらりと視線を上げると、鏡の中でロベルトが肩をすくめている。 「……ガードが固いね」  そう言いながらも、ロベルトは楽しそうだ。なんだかそれが癇に障り、まともにロベルトの褐色の瞳を見つめ返す。次の瞬間、毒気を抜かれるほど無邪気な笑みを寄越された。 「きれいだ」 「なっ……」  予想外の言葉を返されてジェイミーは動揺する。その間にロベルトがすぐ隣に歩み寄ってきて、鏡に身を乗り出し、ジェイミーの瞳を覗き込む。 「バーのライトって少し落とされていたから。明るいところで見るとよくわかる。――ジェイミーは、きれいな瞳の色をしているね。アイスブルーの瞳は、その人を神秘的に見せてくれるから好きなんだ」  ずいぶん馴れ馴れしいではないかと思いながらも、ジェイミーはロベルトを無視しようとする。しかしめげないイタリア男は、さらに図々しい行動に出る。
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