登場人物紹介

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 いきなりジェイミーの髪を一房手に取り、そのうえ顔を寄せてきたのだ。 「――そして、この黄金の絹糸を思わせる金髪は、俺の憧れだ」  確かに髪にキスされた。ジェイミーはキッとロベルトを睨みつけるが、堪えた様子もなくロベルトは笑っている。 「いいね。アイスブルーの瞳で睨みつけられると、ゾクゾクする。俺は、年上で気の強い美人がタイプなんだ」 「わたしは、お前のタイプなんて聞いていないし、興味もない。他を当たれ」 「なかなかいないんだよね。美人で年上で頭がよくてクールな――男の人は」  やはり、とジェイミーは心の中で呟く。  ロベルトはジェイミーと同類だ。恋愛を楽しむのも、快楽を共にするのも、相手は女性よりも男性のほうがいい人種だ。  イタズラっぽい無邪気な子供っぽさを装いながらも、したたかさと狡さを秘めたロベルトの褐色の瞳は言っている。  ジェイミーは違うのか、と。  こんなに食えない男を相手に無関心を装うのも疲れ、ジェイミーはようやく水を止める。すかさずロベルトが自分のハンカチを差し出してきたが、冷たく断って自分のハンカチで手を拭う。 「わたしなんて相手にせずに、それこそ金を持っていそうな『令息』でも相手にしたらどうだ」  心外だと言いたげにロベルトはため息を吐く。 「俺は恋愛に、裕福さは求めないよ。それに、目の前に理想そのものの人がいるっていうのに」  意味深に見つめられ、内心でロベルトという男をおもしろいと感じている自分に、ジェイミーは戸惑っていた。  さきほどのダグラスとシンとで交わしていた会話ではないが、何かおもしろいことはないかと言ってはいた。しかし、当事者になるのはごめんだ。  だがロベルトの登場は、ジェイミーを『おもしろいこと』の渦中に巻き込もうとしている。  理性と本能の駆け引きが頭の中で始まる。  無表情は変えないジェイミーを、ロベルトは笑みを浮かべたまま見つめてくる。  初対面の男のことで熱心に思考を働かせるのもバカらしくなってきて、水を向ける。 「――で、わたしに声をかけてきた目的は」 「美の女神の慈悲を授かりたくて」  ロベルトの独特の言語センスは、イギリス文学だけでなく、日本文学にも造詣の深いジェイミーを困惑させる。  眉をひそめ、学生に対するように注意した。 「わかりやすく言え」 「ジェイミーのことがもっとよく知りたいんだ」 「それで?」 「俺たちが出会った運命をもっと確かなものにするために、まずは携帯の番号を交換し合わない?」  派手な柄のパンツのポケットから携帯電話を取り出し、ロベルトがにやりと笑う。  ジェイミーは決して軽い人間ではないし、自分でいうのもなんだが、貞操観念もしっかりしている。これまでつき合ってきた男は、はっきりいって片手の指で足りるほどだ。  感じる迷いを振り切るため、ジェイミーは言ってみた。 「――大学勤めをしているから、面倒事は嫌なんだ。日本で誰かと深い仲になる気もない。遊びというなら、もっとごめんだ」 「難しいね、ジェイミーは」  言葉とは裏腹に、ロベルトは楽しげな表情を崩さない。むしろ、金鉱を掘り当てたといった感じで、さらに褐色の瞳を輝かせている。  ロベルトが声を潜めた。 「だったら、大人の関係にならない? 遊びではないけど、ジェイミーには絶対迷惑や負担はかけない関係」 「今夜初めて会った男とか?」 「いきなり、なんて言わないよ。俺は当分は日本にいるから、時間をかけてじっくりと、お互いを知るのもいいんじゃない」 「わたしは、自分のことをお前に教える気はない」  きっぱりと言ったが、イタリア男がすべてこうなのか、それともロベルトという男がそうなのか、会心の笑みと共に、楽天的な部分を発揮してくれた。 「と、いうことは、少なくとも俺のことを知ってくれる気はあるんだね」  珍しくジェイミーは絶句する。 「……恐ろしく、ポジティブだな」 「俺の数少ない取り柄なんだよ」 「他に取り柄は?」  わずかに考える素振りを見せたロベルトが、なぜか自信満々の表情で答えた。 「キスがうまいことかな」  そんなことだろうと思った。ジェイミーは呆れて、大きく息を吐き出す。  何が悲しくて、ポジティブで派手なイタリア男に、レストルームで口説かれなければならないのか――。  嘆かわしい状況ではあるのだが、内心でおもしろさを感じつつもある。少なくとも今の状況は、退屈とは対極にあるだろう。  ジェイミーは露骨に値踏みする視線をロベルトに向ける。視線の意味がわかっていながら、ロベルトは曲者の人懐っこい笑みを見せる。  ジェイミーは鷹揚な態度で提案した。 「大人の関係になるかどうかはともかく、携帯の番号は教えてやる。ただし、わたしがその気になるまで、指一本触れてこないという条件が呑めるなら、という前提でだ」 「OK。相手を知るのは大事なことだしね」  戸惑う様子もなく、あっさりとロベルトは承諾する。よほど自分に自信があるらしい。  もっとも、そうでなくてはジェイミーもおもしろくない。なんといっても、ロベルトとどうにかなろうという気は、毛頭ないのだ。  あっさり音を上げるような相手では、振り回してもおもしろくはない。ただそれだけの理由で、条件を提示したに過ぎない。  素性もよく知らない男との約束を守るため、ひとまずジェイミーは、ジャケットのポケットから自分の携帯電話を取り出した。
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