登場人物紹介

5/17
前へ
/17ページ
次へ
 イタリア男の――というより、ロベルト・ルスカの情熱を甘く見ていた。  講義の最中、学生たちの意見のやり取りを眺めながら、イスに腰掛けて足を組んだジェイミーは、内心ため息を吐きたい心境だった。  ロベルトと携帯電話の番号を交換して一週間が経った、その間毎日、ロベルトから電話がかかってくる。しかも、一回や二回という可愛いものではない。  朝はモーニングコールに始まり、昼間はランチ、夕方は夕食、夜は飲みに、と誘ってくるのだ。  誘い方はスマートでも、こうも電話がかかってくるとさすがに腹が立ってくる。  寝る間際に、おやすみ、と言うためだけに電話がかかってくるので、このとき文句を言おうとすると、気勢を削ぐように甘く囁かれるのだ。 『一声でも多く、ジェイミーの声を聞くためなら、俺は貪欲で図々しい男に変われるんだよ』  初めてこの言葉を聞いたときは、さすがのジェイミーもベッドに顔を突っ伏してしまった。そして痛感した。  この男は手ごわい、と。  腕時計に視線を落とすと、そろそろ講義は終了だ。同時にそれは、ロベルトからの電話がかかってくるのを意味している。  一週間もの間、不本意ながらロベルトと連絡を取り合っていると、ロベルトのほうがジェイミーのタイムスケジュールを把握してしまったのだ。 「……あいつは、他にやることがないのか」  学生たちの前で、思わず憮然とした声で独りごちてしまう。チラチラと学生たちがこちらを見たが、アイスブルーの瞳の冷たい輝きに、誰もがすぐに視線を逸らす。  ジェイミーの冷たい瞳をきれいだと言うのは、ロベルトぐらいだ。たいていの人間は、澄みすぎた青を怖がる。  案外ロベルトは、マゾかもしれない。  ふとそんなことを考え、自分の考えのおかしさに、ジェイミーは唇に薄い笑みを浮かべる。  講義を終え、ジェイミーが教室を出て廊下を歩いていると、ジャケットのポケットの中で携帯電話が震える。  取り出すと、案の定、ロベルトからだった。 「何か用か」  素っ気ない受け答えはいつものことだ。電話の向こうでロベルトが、微かな笑い声を洩らしたのを聞いた。 『ジェイミーの冷たい声は、何度聞いても素敵だね』 「……褒めているようで、わたしをけなしているだろう、お前」 『まさか。ジェイミーには、褒め称えるところはあっても、けなすようなところはないよ。まさしく、美の女神が作り上げた完璧な芸術だよ』  聞いていて耳がむず痒くなってくる。 「用があるなら、さっさと言え」 『ランチがおいしい店を見つけたんだ。今、大学の前まで来ているから、一緒にどう?』  いつもならここで、飛び回ってうるさいだけのハエを叩き落すがごとく、容赦なく断って電話を切るジェイミーだが、寸前までロベルトのことを考え、少しばかり機嫌がよかったせいもあって、こう答えた。 「わたしは舌が肥えているぞ」  数秒、ロベルトが沈黙する。ジェイミーの言葉を頭の中で反芻した時間らしい。 『……それってつまり、一緒に食事してくれるってこと?』 「わたしは、理解力に欠ける人間は嫌いだ」  次の瞬間、電話の向こうから大げさな歓声が聞こえてくる。静かになるのをじっと待っていたジェイミーだが、あまりにいつまでも喜び続けるので、イライラしてつい怒鳴っていた。 「うるさいっ」  廊下を歩いていた学生や職員たちが、何事かとジェイミーに注目する。それらを無視して足早に歩く。一方のロベルトは軽い笑い声を上げる。 『ごめん、ごめん。嬉しくてさ。こんなに興奮したのは、久しぶりだよ』  うそを言うな、という指摘するのも億劫だ。 『ならこれから出てきてよ。裏門……なのかな、その近くに車を停めてあるから』  わかった、と応じて、余計な言葉を聞かされる前に電話を切る。  洗面所で手を洗い、教員棟に戻って教材や資料を置くと、ジェイミーはブリーフケースに、新たなペーパーバックを放り込んで出かける。  どうせこのあと、今日はもう講義は入っていないのだ。ロベルトとの食事に辟易したらさっさと逃げ出し、別の店にでも入ってのんびり読書をするのもいい。  外へ昼食に出かける学生たちの間をすり抜け、大学の裏門から外に出る。  歩道を歩く学生たちの視線が、なぜかある一方向へと向いている。つられて同じ方向を見たジェイミーはつい足を止めてしまった。  車道脇に停められた黒い車の運転席側に、皮のパンツに淡いピンク色のシャツを着た男が立っていた。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

293人が本棚に入れています
本棚に追加