登場人物紹介

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 ウェーブがかった長い金髪は緩く一つにまとめられ、サングラスをかけているので瞳の色はわからない。だが、派手な存在というだけで、男が誰であるか特定するのは簡単だ。  いくら桜の季節とはいえ、そのシャツの色はなんだと、ジェイミーは内心で呟く。  他人のふりをしたいところだが、ジェイミーに気づいたロベルトが、様になる仕草でサングラスを外し、子供のように大きく手を振ってくる。おかげでジェイミーまで注目を浴び、はっきりいっていい迷惑だ。  ずかずかとロベルトに歩み寄ると、実に甘やかな笑みを向けられる。 「やあ、ジェイミー。今日も実にきれいだね。桜の化身かと思ったよ」 「――それはお前だ。今後、わたしの前に現れるときは、ノーマルなスーツか、もしくはワイシャツを着用しろ。もう一度突拍子もない格好をしてみろ、お前との仲はそこまでだ」 「それはつまり、今後も俺と会ってくれる約束ということだね」  あっという間に右手を取られ、手の甲に軽くキスされる。さすがのジェイミーも、呆気に取られるしかない。  艶やかに笑い続けるロベルトに助手席のドアを開けられ、乗るよう示される。我に返ったジェイミーは、すでにロベルトのペースに巻き込まれているのを自覚しながらも、車に乗り込む。  ジェイミーは、感じた疑問をすぐに口にした。 「車、買ったのか?」 「レンタカーじゃ、これから動くときに何かと不便でね。当分日本にいるというのは本当だよ。むしろ、腰を据えて住まないといけないかもしれない」  ロベルトの言葉は意味深だ。漠然とながら感じていたが、ロベルトは単なる放蕩のためだけに日本に滞在しているわけではないようだ。  だが、興味はあっても、それ以上の質問はしない。相手のことをより多く知るというのは、それだけ相手に深入りするのを意味している。関係が一段階ずつ複雑になっていくということだ。  ロベルトが連れて行ってくれたのは、なんともシャレたイタリアンレストランで、女性が多い店内中の視線を一気に集める。  それはそうだろう。ピンク色のシャツを着た、ただでさえ派手なイタリア男と一緒にいて、目立つなというほうが無理な話だ。しかしロベルトの捉え方は違うらしい。  テーブルにつき、料理を注文したあと、ウインクと共に言われた。 「みんな、ジェイミーのことを注目してる」 「……ロベルト、今すぐレストルームに行って鏡を覗いてこい。少しは、自分の派手な格好を認識できるだろ」 「自分の姿なんてどうでもいいんだよ。今は、こうしてジェイミーを見るのに夢中なんだから」  料理を食べる前に、ロベルトの甘い言葉で満腹になりそうだ。 「――ジェイミーは、自分の好奇心と理性の折り合いをつけるのがうまいね」  食事の最中、ふと思い出したようにロベルトに言われる。凝った盛り付けのパスタを惜しみながらフォークで崩していたジェイミーは、視線を上げないまま問いかける。 「どういう意味だ?」 「怪しいイタリア男の正体を気にかけているけど、絶対自分からは踏み込んでこない」  気がついてたのかと、ちらりと視線を上げる。褐色の瞳は、油断ならない光をたたえてジェイミーを見つめていた。 「後々、面倒が嫌なだけだ」 「最初に言ったでしょう? ジェイミーには負担も面倒もかけないよ。それに俺は、単なる元お坊ちゃまだというだけで、身元は怪しくないよ」  ロベルトの表現が気になり、小さく首を傾げる。ロベルトはもったいぶることなく教えてくれた。 「父親がイタリアで会社を経営しているのは言ったよね? その会社が今、経営が危ないんだ。だから俺は、日本でスポンサー探しをしているわけ」 「なんだ、仕事をしているのか」 「本物の放蕩息子のほうがよかった?」 「……別に、どちらでも。わたしには関係のないことだ」  ロベルトはなぜか嬉しそうな表情となる。 「そう、ジェイミーのそういうクールなところもいいよね。クールさの間から見える感情的な部分が際立って――すごく、キュートだ」  ロベルト以外の男が言ったなら鳥肌が立ち、迷うことなく殴っているだろう。  だがこの瞬間、ジェイミーの背に甘い痺れが駆け抜ける。ずいぶん久しぶりの感覚だ。  ジェイミーの内の変化を読み取ったように、ロベルトは目を細め、甘い眼差しを向け続けてくる。  案の定、次の約束を求められた。 「ねえ、明日は、夕食に誘っていいかな」 「二日続けて、お前の甘い言葉を聞けと言うのか?」 「夕方のお誘いの電話は休むから」  ジェイミーはパスタを口に運ぼうとした手を止め、考えるふりをする。ロベルトは期待するように目を輝かせ、テーブルに身を乗り出してくる。  こんな反応を見せられて、悪い気はしない。 「――明日の夕方は、講義で使う資料を探しに、あちこち回らないといけない」 「つき合うよ。俺を足に使ってよ」  これで話はまとまった。ジェイミーは短く告げた。 「明日の午後五時、今日と同じように裏門で」 「スーツ着用で」  ロベルトの受け答えに、ジェイミーは小さく笑んだ。
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