登場人物紹介

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 いつものバーでジェイミーは一人でテーブルにつき、普段にはない気持ちから、『ビトウィン・ザ・シーツ』を味わっていた。  直訳すれば『シーツの間』だが、ようは、寝酒にはもってこいのカクテルだということだ。ほんのりと甘くて、穏やかな気分にしてくれる。  もっともジェイミーとしては、決して穏やかな気分になりたいわけではなく、単に甘めのカクテルが欲しかったというだけだ。  したたかなイタリア男の甘い囁きを飲み下すには、甘いカクテルがちょうどいいというわけだ。  昼間のロベルトとのやり取りを思い出し、開いたペーパーバックに視線を落としたまま、ジェイミーは口元に淡い笑みを浮かべる。  ここで頭上から声が降ってきた。 「お前にしては、珍しいものを飲んでるな」  顔を上げると、ダグラスとシンが並んで立っていた。ここでこうして顔を合わせるのは、ロベルトと知り合ったとき以来だ。  ジェイミーはグラスを掲げると、一気に飲み干す。 「もっと甘いものを飲まされたから、口直しだ。それより、なんで二人一緒なんだ。……つき合ってるのか」  ダグラスはうんざりしたように顔をしかめ、一方のシンは慌てて首を横に振る。シンはいまどき珍しいぐらいウブなのだ。 「ジェイミー、お前は冗談は言うな。笑えないどころか、心臓に悪い。だいたい俺に、日本人の美人のワイフがいるのは知ってるだろ」 「そうだったか」  二人もテーブルにつき、すぐに立ち直ったシンが笑顔で話しかけてきた。 「今夜はジェイミー、なんだか機嫌がいいね。いいことでもあった?」  今度はジェイミーが顔をしかめる番だった。空になったグラスと、にこにこと笑うシンの顔を交互に見つめてから、いや、と首を横に振る。 「むしろ、反対だ。……桜の化身に、たっぷり甘い言葉を囁かれて、うんざりしている」 「桜の化身?」 「見た目は、軽薄そうなイタリア男だ」  ジェイミーのその説明でようやくピンときたらしく、ダグラスが派手に噴き出す。シンはまだわからないようだ。 「ロベルトか」 「この一週間、ずっと口説かれ続けている」 「そりゃ、ご苦労なことだ。あれは、生粋の快楽主義者だぞ。自分が気に入れば、男も女も関係ないってタイプだ」 「……一目見たら、そんなことはわかる」 「――それでジェイミーは、どうするの?」  会話を交わすジェイミーとダグラスを、交互に見ていたシンが、いきなり核心を突くような質問をしてくる。  学生からのどんな質問にもたじろいだことがないジェイミーだが、この質問は予想外で、思わず目を見開く。ダグラスが楽しそうに笑い声を洩らした。 「なんだ。その様子なら、どうするか考えてなかったな。珍しいな。暑苦しい奴が何より苦手なお前が、情熱的なイタリア男をまだ、つきまとわせているなんて」 「……そういうんじゃない」  憮然として答えたジェイミーだが、内心では少しだけ認めていた。  意外に、ロベルトの甘い囁きにいい気分になっている自分の姿を。  まるでロベルトは、飲み干したばかりの『ビトウィン・ザ・シーツ』だ。甘い口当たりで、心の警戒を解いてしまう。  冗談ではない。ジェイミーは心の中で呟いてから、気持ちを切り替えるため、ダグラスたちと一緒に、今度はバーボンをロックで頼んだ。  書棚に並んだ一冊の洋書を手に取ったジェイミーは、パラパラとその本を捲って内容を確認してから、無造作に隣に突き出す。すかさず本が受け取られた。  ちらりと視線を隣へと向けると、片腕に何冊もの本を抱え持ったロベルトが、楽しそうに笑いかけてきた。  前日のジェイミーの注意をしっかり覚えていたらしく、今日のロベルトはひとまずスーツ姿だ。色が鮮やかなグリーンなのは、この際不問にしておこう。本人いわく、地味な色のスーツやジャケットは持っていないのだという。  とにかくはっきりしたのは、存在そのものが派手な男は、何を着ようが目立つということだ。
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