登場人物紹介

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 夕方、こうして訪れた大型書店の中にあって、さきほどから人の視線を感じて仕方ない。  それは、この書店の前に立ち寄った図書館でも同じだった。荷物持ちとしては力があるが、居心地が悪い。 「――わたしに許可なく、わたしに触るな」  低く抑えた声で告げる。ジェイミーの髪を一房摘まんでいたロベルトが、パッと手を離して軽く両手を上げる。 「ジェイミーの髪がキラキラして、あんまりきれいだからね」  もう一冊本を取り上げ、さらに押し付ける。さすがにロベルトも片腕ではつらくなってきたようで、やむなく両手で本を抱えるようになる。これでうかつに、ジェイミーに手を出してこないだろう。 「……お前だって、きれいな髪をしているじゃないか」  本の背表紙を目で追いかけるふりをしながら、ジェイミーはぼそりと言う。横目でうかがうと、ロベルトが嬉しげに頭を振り、今日は一つにまとめていない髪をふわふわと揺らす。  一見その仕草は子供のように無邪気だが、本人は邪気の塊のような男だと忘れてはならない。 「俺が子供の頃から憧れていた髪は、ジェイミーみたいな金髪なんだよ。光を集めて作ったような、まぶしいぐらいのきれいな金色の髪だ」  目を細めてジェイミーの髪を見つめる眼差しは、お世辞や冗談を言っているものではない。 「――人間というものは、ないもねだりをして生きている生き物だ」 「だから、人を好きになるんだよ。自分にないものを補おうとして、自分にぴったりと重なる運命の相手を見つけようと必死になる」  不覚にも、ロベルトのこの言葉にジェイミーはくらっとしてしまった。心に響いたのだ。  じっと自分を見つめてくるロベルトの視線に気づき、顔が熱くなる。  ロベルトに背を向けて、ジェイミーは歩き出す。 「レジに行くぞ」 「はいはい」  背後から聞こえてきたロベルトの声は、腹が立つほど楽しげだ。  精算を終え、本を入れた書店の紙袋を手にしたロベルトと共に駐車場に向かう。 「それじゃあ、今晩は何を食べようか?」  運転席に乗り込み、シートベルトを締めながらロベルトに問われる。ジェイミーは素っ気なく答えた。 「疲れたから、今日はもう家に帰る。食事はなしだ」  さすがのロベルトも驚いたらしく、エンジンをかようとしていた手を止め、まじまじと見つめてくる。ジェイミーは挑発的に見つめ返す。 「なんだ?」 「今晩も食事につき合ってくれる約束でしょう?」 「……仕方ないだろ。疲れたんだから。お前と一緒にいるのは、体力が有り余っているときでもつらいんだ」  拗ねた子供のようにロベルトは唇を尖らせ、エンジンをかける。 「家はどこ?」  問われるまま、ジェイミーは自宅の住所を告げ、シートにぎこちなく体を預ける。  今日はロベルトをこき使って振り回してから、食事はなしで自宅に送らせるつもりだった。 あまり苦労を知らなさそうなロベルトなら、ジェイミーの気まぐれにすぐに辟易して、もうつきまとわないと考えたからだ。  そう、最初はそのつもりだったのだ。だがジェイミーの中で心境に大きな変化があり、今は様子が違ってきていた。  ロベルトに引きずられそうな自分に歯止めをかけるため、あえて嫌な人間を演じようと思ったのだ。  ロベルトのような男とつき合えば、振り回されるのは自分だとわかりきっている。  それは、常に相手の優位に立ちたいジェイミーのプライドが許さない。  車を運転する間、ロベルトは口を開かなかった。怒っているのかと思って横顔を見てみれば、そうとも言えない。  今にも口笛でも吹き始めそうなぐらい、機嫌はよさそうに見える。  よくわからない男だ、と内心で思う。あけすけに、思ったことをすべて口に出しているわけではなく、腹にはしっかり一物を抱えているのだ。だからといって、人間性のいやらしさは感じない。  それがロベルトの、目に見えない魅力といえるかもしれない。
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