登場人物紹介

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 自宅であるマンションが見えてきて、ジェイミーは短く告げる。 「そこのマンションの側で停めてくれ」  ロベルトは言った通り、マンションの傍らまで車を寄せてくれる。  後部座席に置いた書店の袋と、図書館で借りてきた本が入ったバッグを取ろうとすると、一声かけてロベルトが代わって取ってくれようとする。  一瞬、ジェイミーは油断していた。  後部座席に身を乗り出していたロベルトが急にこちらを見て、片腕が伸ばされる。あっと思ったときには後頭部に手がかかり、引き寄せられる。  ロベルトも顔を寄せてきて、間近で目が合った次の瞬間には、唇が重ねられていた。  人当たりの柔らかさで見過ごしがちだが、威圧感を覚えるほど逞しいロベルトの胸を反射的に押し返すと、あっさりと体が引かれる。 「――ダメ?」  拍子抜けするほど悪びれない表情で尋ねられ、ジェイミーは何も言えなかった。無邪気さを装いつつも、この男はやはり邪気の塊だ。それでいて、憎めない人間性を持っている。  ジェイミーは軽く息を吐き出す。  この男となら寝てもいいと思っている自分に、少なからずショックを受けていた。 「……今日は荷物持ちをしてくれたしな」 「いいね。俺、そういう考え方は嫌いじゃないよ。ギブ・アンド・テイクって対等でいい」 「そこまで言うぐらいなら、うまいんだろうな」  平静を装って尋ねたジェイミーに、ロベルトはにんまりと笑って返してきた。  再び後頭部を引き寄せられてから、しっかりと両腕で抱き締められる。  見つめ合いながらロベルトの片手に頬を撫でられ、唇を塞がれる。  優しく上唇と下唇を吸われ、するりと口腔にロベルトの舌が侵入してくる。軽く舌先が触れ合っただけで、ジェイミーの背筋にゾクゾクとするような痺れが駆け抜けた。  違和感を覚えるどころか、体の熱を煽られるほど、ロベルトの唇と舌は気持ちよかった。  示し合わせたように積極的に舌を絡め合い、濃厚なキスを味わう。舌を引き出され、微かな濡れた音を立てながら吸われる。  ロベルトの腕の中でジェイミーは身震いする。  そっと唇が離され、惜しむように唇の端に数回軽くキスされる。 「ごちそうさま。おいしかった」  耳元に甘く囁かれ、ジェイミーは笑みをこぼす。 「バカ……」  そう応じた声が、わずかな媚びを含んでいるのにジェイミーは気づき、急に自分が許せなくなる。  慌ててロベルトから体を離すと、どういう意味か、苦笑に近い表情を浮かべたロベルトが後部座席から荷物を取ってくれる。 「重いなら、ジェイミーの部屋まで運んであげようか?」 「冗談じゃない」  憮然として答えて、ジェイミーは荷物を手に車を降りる。まっすぐマンションに向かっていたが、途中で立ち止まって振り返る。  まだ車を出していないロベルトは、ハンドルを抱えるようにして身を乗り出し、笑顔でジェイミーを見ていた。目が合うと、すかさずヒラヒラと手を振って寄越される。  もちろん手を振り返すことなく、ジェイミーはエントランスへと入る。  心臓が心地よく高鳴っていた。久しぶりに味わったキスが上等だったことに、ひどく満足もしていた。  ロベルトに負けたようで悔しかったが、それ以上に、ロベルトの次の行動を待ち望んで自分の姿がある。  この時点で、ジェイミーの状況は、劣勢だった。  キスから半月ほどの間、ロベルトから連絡はなく、またバーで顔を合わせることもなかった。  その気にさせておいて前触れもなく引くのは、恋愛におけるテクニックの一つだ。頭ではわかっていても、ジェイミーはいつどんなときでも、携帯の着信を確認するようになっていた。  バーにも、二日に一度は顔を出す律儀さだ。  らしくないことをしていると自覚はある。これまでジェイミーは、誰かを追いかけたことはない。そこまでムキにさせてくれる相手がいなかったのだ。  別にロベルトと恋愛をしようという気はない。彼は、本気の恋愛に向く相手ではない。遊びの範囲内で、シェイミーはムキになりかけていた。
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