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翌日。
私の言った通り雨は降り、その翌日は晴れたのだが、私は湖へ行かなかった。
「最近湖に行ってないみたいだけど、いいの?」
「いいんだ」
「でもあの青年、毎晩あの湖に来てるわよ」
妖精の言葉で肩がピクリと動く。
だが、そのうち諦めるだろうと、湖へは決していかなかった。
あの湖を歩けないのは残念だが、何百年も今まで生きてきたのだから、人間が諦めるまでなんてあっという間の事。
それから数ヵ月が経った頃、妖精の話で青年は湖に現れなくなったと聞き、あの湖へ行くことにした。
久しぶりの湖はやはりとても綺麗で、水の上に乗ると、まるで舞うように踊る。
だが、心に穴が開いたような気持ちになる理由はわからない。
そんなことを考えながら舞っていると、突然何処からか拍手が聞こえ視線を向ける。
「なんで……」
いるはずがないというのに、そこには青年の姿があり、何故か心に空いていた穴が埋まっていく。
「もう来ないのかと思ったよ。でも、また会えてよかった」
その言葉で目頭が熱くなり、それを隠すように青年に背を向ける。
「私は貴方と会いたくない」
「え、何故だい?」
「私は妖精なんかじゃないからだ」
そう、私は人間とは仲良くなれない魔女。
この青年も、もし目の前にいる女が魔女であることを知れば、街の人達を連れて殺しに来るに違いない。
だが、このまま嘘をつき続けることが苦しくなり、いっそのこと真実を伝えた方のが楽になれるかもしれないと思った。
自分が魔女であることを伝えようとしたそのとき、背後から暖かな温もりがフレアを包み込む。
「妖精さんは妖精さんだよ。僕は君を見たあの日から、一日だって君を忘れたことはないよ」
「違う……。私は、妖精じゃなくて……」
青年の温もりから離れると魔法を使い、目の前の湖を凍らせて見せた。
「私は魔女だ」
これで全てが終わる、そう思った。
そう思ったというのに、青年が発した言葉に涙が頬を伝う。
〝魔女でも関係ない。君は僕の妖精さんだから〟
何百年も孤独に生きてきて、思い出してしまった人の温もり。
だが、いくら時が経とうとも、人間が自分達の仲間を殺したことに変わりはない。
そんな人間を愛してしまった自分は許されるのだろうか。
二人抱き合い唇を重ねる。
私が小屋へ戻ると、ニシシと笑う妖精の姿。
青年が来なくなったというのは妖精の嘘だったのだとわかる。
そのお陰でまた人間の温かさに触れることが出来たのだから、今回は大目に見ることにして眠りにつく。
だがその翌日以降、青年が湖に現れることはなかった。
「やっぱり、魔女と人間が仲良くなどなれるはずがなかったんだ」
そんなことをポツリと呟くと、妖精が慌てた様子で小屋へと入ってくる。
一体どうしたのか聞くと、私はほうきを持ち外へ飛び出した。
ほうきに跨がり何百年振りかの街へ向かう。
人間に気づかれないように、空から探し青年を見つけた。
眠るようにして棺の中に入っている青年を。
棺の蓋が閉められると、墓へと運ばれ埋められた。
誰もいなくなった墓の前に降りると、私は墓石に刻まれた青年の名を指でなぞる。
墓の前で泣き崩れながら叫ぶ声は、降りだしたどしゃ降りの雨によりかきけされる。
一頻り泣いたあと、妖精から聞いた言葉が頭の中で聞こえた。
〝あの青年なんだけど、通り魔に殺されたって。今葬儀が行われてて——〟
その日の夜、まだ激しい雨が降る中、一人の女性が通り魔に刃物で刺された。
「人の命ってのは呆気ないねぇ」
地面に血を流し倒れる女を見下ろしながら言うと、通り魔はその場から何事もなかったかのように去ろうとする。
そんな通り魔の目の前に、傘もささずにズブ濡れになっている一人の女が姿を現した。
「見られちまったか。なら、あんたもここで殺しておかなきゃな」
刃物を手に近づいてくる男を前に、女は逃げることもできないのか、その場から動かない。
そんな様子の女に笑みを浮かべ迫る通り魔に、女は口を開く。
「人間っていうのは、魔女を恐ろしいと言い殺す。魔女だけでなく同じ人間でさえも」
「何言ってんだ。恐怖で可笑しくなっちまったのか?」
女が杖を出し振るうと、通り魔の手が勝手に動き、自分の胸をナイフで刺す。
地面に倒れる通り魔を見下ろす女の瞳は、漆黒の闇の様に黒く、その姿は魔女というよりも悪魔のようだ。
「私は人間の方が怖い存在だと思うがな。でも、魔女を怒らせたらそれよりも怖いってことを覚えておいた方がいい。まぁ、もう聞こえてないだろうが」
ほうきに跨がりその場を去る。
向かった先は青年の墓。
雨は強さを増し雷が鳴り響く。
「人間は弱い。そして貴方も弱かったから死んでしまった」
墓石を撫でると、私は笑みを浮かべる。
そんな人間を愛してしまった自分も弱いのだと、自分の心臓をナイフで刺す。
青年の墓の前で、自ら自分の命を奪った魔女は翌日発見された。
笑みを浮かべ、眠るように墓の傍で倒れる魔女の目尻には、昨夜降り続いた雨のせいなのか雫が溜まっており、まるで泣いているかのようにそれは頬を伝う。
《完》
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