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「今、向かっているパーティ会場にいるのはね、ほとんど劇団関係者なの。
でもホント、今回は多いわあ……スタッフがいつもの倍以上だもの……あ、
ちゃんとね、無理言ってご出演いただいた会社関係の方々には、全員お越し
いただいてますから、ご対面、楽しみにしていてくださいね! 」
そんなことを中津から言われて、武井はふと、
矢島や柴多のことを思い出した。
長きにわたる恩義を忘れ去り、恩を仇で返してしまった自分は、
2人へどんな顔を向ければいいのか?
そんなことを思い、あらぬ方を睨み付ける武井へ……、
「大丈夫……今のあなたなら、きっとみんな、許してくれるわよ。それに結構
な出演料をね、武井さんからのお詫びとして、皆さんにちゃんとお支払いさ
せていただいたし! まあ後はパーティー会場で、心から謝れば大丈
夫……」
そう言ってから、中津はさらに顔を近付け、
「だけどね……さっきみたいに、泣いちゃうなんてのだけは、もう勘弁してく
ださいませね」
冗談とも本気ともつかない口ぶりで、
されど真顔を見せ、そんなことを言ってくる。
それを聞いて武井は、何か探すように車内全体を見回した。
すると中村愛がすかさず、
「あ、お母様でしょ? 車椅子なんで、後ろを走ってるワゴン車に乗ってます
よ。それに、うちのお母さんも一緒だから、安心してください」
と、機転を利かせて言ってくる。
「ご存知ですよね、うちのお母さん……霊能力者って役だったんですけど、た
った一日の出番だったでしょ、それで、出番以外は、あの別荘でお世話に
なってたんです。母はここ10年とちょっと、小料理屋をやってまして、
これまでのお礼も兼ねて、料理担当って感じでね。だから今ではもう、武井
さんのお母様と大の仲良しなんですよ。もし良かったら、これをご縁に母の
店を覗いてやってください。しばらく休んでましたけど、武井さんのお住ま
いと同じ小田急線沿線にある、〝おぢや〟って店なんです……」
愛はそう言って、中津の隣で満面の笑みを見せていた。
そんな愛の言葉を受けてか、優子がまさにポツンと、
武井に向けて独り言のように呟いた。
「お義母さん、今はもうずいぶん、良くなったわ……」
そう声にしてから、少しだけ躊躇いがちに、
武井の方に顔を向ける。
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