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「最近はお義母さん、随分笑うようになったし、つかまり立ちだってできるよ
うになったのよ。勝手なことをって、思われるでしょうけど、やっぱり、一
緒に暮らしてみて、本当に良かったわ……」
そんな優子の......ほっとするような声に、
「そうか……本当に、なんと言ったらいいか……」
――あのお袋の話……あれは、本当のことなのか?
声となった言葉に続いて、喉元までそんな台詞が出掛かった。
しかしそれを問い質すには、
まだまだ100年は早いような気がして、思い止まる。
すると、そんな心を見透かしたように、
優子自ら......口にしたのだ。
「お義母さん、言ってたわ。もっと早く離婚したかったって……でもね、お義
父さんが、許さなかったのよ。そうなったらすべて話すって、本当の母親の
存在を......あなたに言うって、ずっと脅かしていたの。だからいつも怖かっ
たのよ、お義父さんが家に帰ると、何を言い出すか分からないって、お義母
さん、そんな昔の話をしながら、わたしの前でポロポロ涙を流すのよ……」
きっと父親は、実家の財産をずっと狙っていたのだ。
だからこそ、破格の手切れ金を提示されて、
すぐに離婚を了承したのだろう。
「分かってあげて、お義母さんはあなたを、これまでずっと、本当の子供同
様、愛していたのよ……」
「すまない……本当に……申し訳なかった……」
それは間違いなく、心からの謝罪以外の何ものでもなかった。
この時、武井の顔は打って変わって、
憑き物でも落ちたようにすっきりとしたものに見えていた。
「あなたの、そんな顔、ずいぶん久しぶりに見るような気がするわ……」
そう言って目を向ける優子を、
武井は少しだけ照れくさそうに見つめていた。
中津をはじめ、愛や麻衣も嬉しそうな顔を見せ、
ふたりのことを見守っている。
ところが岡島だけは、頑な表情を崩してはいなかった。
そのせいか、いつしか優子の方も、
一度は和らいだ顔を見る見る硬直させていく。
そして、再びポツリと声にした。
「わたしあなたのお金、ずいぶん使っちゃったわ……」
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