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「お金? 」
武井のキョトンとした声に、
「そう、結構使わせていただいたのよねえ……別荘の火事だって、一種の特
注品だったのよ。火の粉も飛び難くて、あっという間に燃えちゃうっていう
薬剤を、業者に塗り込んでもらったんだから。なんとそれだけでね……」
――五百万よ……。
いきなり割って入った中津は、口の動きだけでその金額を伝えてみせた。
あの日、聞こえてきたサイレンや爆発音もすべてフェイクで、
映画撮影だと偽り、消防法に基づく許可申請までが出してあった。
実際、岩手に作った屋敷も大掛かりではあったが、
パーティー会場での幽霊騒ぎ同様、
手の込んだ映像のトリックとハリボテのようなもの。
ダイナマイトだけは本物だったが、
とにかく、掛かった費用の大半は中古ヘリの購入代金と、
恐ろしいほど高額になってしまった出演料なんだと、彼は言った。
中津のそんな説明の後、一時の沈黙が訪れる。
すると、そんな静けさを待っていたかのように、
岡島が背もたれから身体を浮かし、
乗車して初めて武井の方を向いた。
しかし視線は彼そのものを見てはいない。
その肩口辺りを見つめながら、それでも武井に向けて話し始めた。
「武井、彼らへの支払いで、彼女への譲渡分はもうほとんど残っていない。で
も、彼女も賛成してくれたんだ。ことの始まりは……確か、去年の秋、だっ
たかな……」
そんな岡島の話は、既にあの別荘で聞いていたもの以上に、
より具体的なことの方が多かった。
「とにかく、これでぜんぶ終わった……おまえにとっちゃ違うんだろうが、俺
にはなんだか、あっという間の1年だったよ」
そう言うと、岡島はそこで初めて、
隣に座る武井の顔に、しっかりと視線を向けたのだった。
すると武井もその視線を受け止め、静かな声で言うのである。
「金は、もう彼女のものだし、何に使おうが……なんなら、もっと譲ったって
いいんだ……」
「譲る? うむ……ところがそういう問題でもないんだ……」
岡島がタキシードの内ポケットを探り、
手にしたものを武井へと差し出しながら、
「これをこの後どうするか、それは、あんたら2人で決めてくれ……」
武井と優子を交互に見やり、
そうしてやっと顔から力を抜いて、柔らかな表情を見せるのだった。
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