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ラストシーン
「じゃあ、あれは......アドリブだったってことか? 」
「そうさ、台本には名前が違うなんて書かれてないんだ。咄嗟の思い付きなん
だとさ……父親の旧姓と母親の名前をくっ付けたら、こいつは驚くだろ
うってね。だから突然、飯倉薫が飯田良子になっちまったってわけ……」
思った以上に動揺を見せない武井に、
中津が思い付いた......それは咄嗟の妙案であったのだ。
リムジンは既にホテルへと到着し、
武井は岡島と並んで歩きながら、次々と質問を浴びせかけていた。
武井のすぐ前には優子がいて、
その先を中津が両脇に愛と麻衣を従え、
見事な内股っぷりを見せつけている。
「でもよかったよ、この会場を使わずに済んで……もし、脚本通りにここを使
うことになってたらホテルへの賠償金で、見事に足が出てたと思うんだ」
「賠償金って、いったい、何をする気だったんだ? 」
「いや、俺もよく知らないんだよ。この会場から始まる本当のラストシーン
は、ほんの数人にしか台本が配られてなくて、どんな内容か、いくら尋ねて
も教えてくれないんだ。とにかく、ここから1週間の間に掛かる費用だけは
まだ支払ってなくてね、その期限が、ちょうど今日! 」
そう言って笑う岡島は、武井の肩をポンと叩き、
彼から離れてエレベーターへと乗り込んだ。
武井も慌ててその後に続くと、既に中にいた中津がすっと近付き、
「本当よ、あなた次第では、もう一仕事ってことになってたんだから! 」
武井の耳元に顔を寄せ、内緒話さながらにそんなことを囁きかける。
「もう一仕事って、1週間に亘るラストシーンって、やつですか? 」
「そうよ、あなたに反省の色が見られなかったらね……もしあそこで、あなた
が私を見つけて殴り掛かってきたりしたら、まるで違うラストシーンになっ
ていたわ……」
「もし仮に、わたしがそうしてたら? いったい何が……? 」
「え、聞きたいの? 結構、怖い結末なのよ……」
「いくらなんでも、殺したりはしないんでしょう……? 」
「武井さん、死んだ方が、幸せって思えることだってあるんですよ、この世に
は、いくらでもね……」
中津がそう言ってウインクをして見せると同時に、
エレベーターは目的階に到着する。
そして会場に向かって歩き始めてすぐに、
前方から、武井らへの声が響き渡った。
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