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「遅い遅い! 遅過ぎですって! もうみんな集まってて、残りは皆さんだけ
なんですよ! 」
会場入り口に立ち、そう言って笑う男の口元には、
しっかりと金色に光るものが見え届いている。
そして、武井が押されるように会場入り口まで来ると、
中津は武井に向かって、扉を押し開くジェスチャーをして見せた。
言われる通りに、震える手でゆっくり扉を押し開けていくと、
瞬時に煌めくような光が彼の身体を包み込み、
もの凄い拍手と歓声が響き渡った。
あまりの驚きと眩しさに、彼が思わず両手で顔を覆うと、
まるでそれが合図となったように、
潮が引くように拍手と歓声が鳴り止んだ。
気が付けば、武井は見事......静寂の中にいたのである。
いきなりの静寂に再び驚き、
彼はその手を外し、ゆっくり瞼を開いていく。
すると想像を遥かに超える大人数を従え、
武井の真正面に見知った顔が、ズラッと1列に並んでいるのだ。
中央に矢島健介と柴多芳夫がいて、
その並びには加治や富田らに交じって、車椅子の良子の姿もあった。
そんな列の両脇に、さっきまで一緒だった優子や岡島らが加わって、
皆が皆、武井のことをにやにやしながら見つめている。
その後ろに控える大勢は、きっと全員、劇団関係者なのだろう。
皆一様にじっと立ち尽くし、
やはりほとんどの顔が笑顔を見せている。
ただし、中津だけはそんな列には加わることなく、
武井のすぐ後ろから、彼と同じ光景を見つめているのだ。
そして、静寂となってひと呼吸の後、
そんな中津が武井の耳元で何事かを囁いた。
「そう言えば、あなたがお付き合いしてた女性のお友達なんだけど、彼女らだ
け、ここにお呼びしてないの、ごめんなさいね。あの人たちにも、ちょっと
した脅かしをしてあったのよ。病室に面会に来れなかったのもそのせいなん
で、だから本当なら、ここに参加する権利はあるんだけどね……」
そんないきなりの声に、武井もやや横を向き、
少しだけ驚いた表情を垣間見せる。
「でも、よかったわね、優子さん……今のあなたと、もう一度やり直してみる
って言ってるわ。それでね、武井さん、これはおせっかいかもしれないんだ
けど、優子さんの〝子供が欲しい〟っていう夢、叶えて差し上げたらどうか
しら。実はね、うちの劇団が所有する総合病院がアメリカにあるんだけど、
ここって多分、あらゆる方面で世界最高レベルだと思うの。だからどう?
そこで再生手術を受けてみない? もちろん、検査段階で無理って場合もあ
るらしいんだけど、試してみる価値だけは、絶対にあると思うわよ」
そう言って、中津は武井の背中へ手を添えた。
そして、ふと思い出したように、
「あ、それからね、わたしたちの仕事にはアフターサービスってのがあるの。
だから、忘れちゃダメよ……もし今度お会いするなんてことがあれば、いき
なりラストシーンだった、なあんてことになっちゃうかも、知れないんだか
ら……ね」
そう続けて、武井の背中を力強く押し出した。
武井は何歩か進んで立ち止まり、
ひと呼吸置いてから後ろの方を振り返ると、
中津に向かって深々と頭を下げる。
そして、再び会場に向き直った武井に向けて、
今度こそ本当に、
割れんばかりの拍手と歓声が涌き起こるのであった。
終
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
杉内 健二
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