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のりことだんまりお客10
「――やあ、どうもどうも。おかげでたすかりましたよ」
出てきたのは「首のついた」だんまりさんだった。あのぼうぼうとした髪をアップにまとめ上げ、ワインまみれでよごれた服も新たな装い……フロック・コートにアスコット・タイ、そしてブーツ……にかわったそのすがたは青白い肌に黄色の瞳とあいまって、まるでいまから乗馬に出るおしゃれな貴族のようだった。
「私はもともと故郷(くに)では軍人でしてね。こういう活動的なすがたの方がしっくりくる」
そうのりこににっこりほほえむ木生り族の表情は、先ほどの首だけのときの下品さとまるでちがう。合体しただんまりさんは、ものごしがやわらかく知的な紳士だった。ただ、長年の首の不摂生からか肌が荒れて、歯もきたない。
「どうやらこの首は私からはなれて以来、一度も髪や歯の手入れをしなかったようです。とりあえず洗っては見たが、完璧とは言えずお見苦しいかぎりです。どうぞご寛恕ねがいたい」
礼儀正しい感じでやわらかく言う、と思ったら……
「――へんっ!なにがゴカンジョだ。便所(ベンジョ)のほうがお似合いだぜ、このアマっ子にゃよう!」
きゅうに下品な顔になって、口ぎたない言葉を発する。
男はバシリと自分の顔をはたいて
「だまれ!この放埓ものが!レディの前で下品な口をたたくな!」
そうさけぶと、のりこに対してまたにっこり
「……失礼した、おじょうさん。なにせこの首は長いことはなれていたのでね。ちょっと自我の統合に時間がかかるのだよ。一週間も付けておけば落ちつ……ケッ!なんでおれが一週間もこんな胴体にくっついてなきゃいけねぇんだ!?オレがいなけりゃおまえなんてただの脳なし野郎……」
バシリ!
男はまたひとつ自分の顔をはたくと
「……失礼」
あわただしいこと、この上ない。男は首を固定しなおすと
「おじょうさん、今回はほんとうにお世話になりました。おかげで200年ほど探していたこの首をつかまえることができました」
(200年!……それって、けっこう長いんじゃない?10年ちょっとしか生きてないあたしには、よくわかんないけど)
「最近この首が日本に来ていることは、おおよそわかっていました。特に、この旅館のある土地はわれわれ煮炊き族にとっても居心地がよいですからな。来るであろうと先まわっていたのです。それで、やっと今日見つけましたが……いやはや、一度逃したときはもうダメかと心が折れそうになりました。
そちらの番頭どのに機転を利かしていただきましたかねば、また長い探索の旅が続いていたことでしょう。感謝いたします」
「いえ。地球一(いち)の旅館の番頭として、当然のことをしたまでです。フフフフフ」
(……地球一って、自分で言っててはずかしくないのか?こいつ)
のりこは番頭の天井知らずの自信にあきれるが、さいわい木生り族は気にしなかったらしい。
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