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のりことあやしい旅館2
のりこは、両親のことをよく知らずに育った。
三才のときに亡くなった母親のことはなんとなくおぼえているが、父親の顔はまったく知らない。
母親が亡くなってからは、その友だちだったカズヨに育ててもらってきた。
そんな、顔も知らない父親の知り合いと言われてもこまってしまう。
「ただしくは、契約上の利害があるもの……とでも言うべきでしょうね。
私はあなたの父上の妹、つまりあなたにとって叔母にあたる方のつかいとして、おむかえにあがりました」
その青白い顔をした男は、事務的な口調で伝えた。
「おばさん!?」
自分にそんな親戚がいるだなんて今まで思いもしなかった。
しかしそんな少女のおどろきにかまわず、男は淡々と
「そしてそのおばさまが現在、代々の家業である旅館を経営なさっておられます。
もうしおくれましたが、私はそこで番頭をつとめておりますメッヒというものでございます」
うやうやしく頭を下げた。
(メッヒ?メッシじゃなくて?ていうか外国の人?)
たしかに言われてみたらメッヒ氏は背が高く、日本人ばなれしている感じがするのだが、かといって、どこの国の人かはよくわからなかった。
きれいになでつけた黒髪に青白い顔、あごのするどい顔立ちが、どこの人種とも言えない独特の雰囲気を放っていた。
メッヒを見ていると、のりこはなぜだか朝方見た、黒いプードル犬のことを思いだした。
「――おばさまは、あなたという姪がいることを最近までごぞんじなかったのです。なにせ、あなたの父上と母上は『かけおち』なさったきり、音信不通でしたからね」
かけおち!そんなドラマチックなことを自分の両親がしていただなんて!
「とにかく、あなたという実の姪がおられることを知ったおばさまは、自分のかって……いや、肉親の情からぜひともあなたに会いたい、そしてできれば自分の手元で育てたいとおっしゃっておられます」
メッヒの口ぶりはその内容に反して、ひとつも情がこもっていなかった。
(育てたい……ってことは)
「つまり、あんたとあたしとはここでお別れということだ。
……よかったじゃないか?他人のあたしが育てるより、ちゃんとした身内に育ててもらう方がスジだろう」
その言いぐさから、のりこはカズヨがすでに自分を手放すことを同意したことがわかった。用意がいいことに、のりこのわずかばかりの荷物はすでに部屋のすみにまとめられている。
のりこが学校に行っている間に、もう話はついていたのだ。
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