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のりことあやしい旅館4
ガラス戸を開けるとコンクリートのたたきがあった。
横の下駄箱に靴をあずけると、古(ふる)けたスリッパにはきかえロビーにあがった。
正面には大きな時計が置かれてあって振り子がカッチカッチとゆれている。
左手には受付カウンター、右手にはソファが置かれた休憩所(ラウンジ)があった。
とにかく、すべてが古くてぼろい。人気(ひとけ)もなくさびしいかぎりだ。
すっかり陰気な気持ちにのりこがなっていると
「玄関にだれもいないとは……また、さぼってますね――おいっ、クワク!いったいどこにいる!?」
いつのまにか綾石旅館の名前を染めぬいた印袢纏(しるしばんてん)をはおったメッヒが、ふきげんそうに声をはりあげる。
すると廊下のおくのほうからバタバタとした音がしたと思うと
「あっ!ここです、ここです。おりますぞ、番頭どの!」
かけ出てきたのは……あら、意外!ころころとして小柄な黒人少年だった。
メッヒとおなじく袢纏(はんてん)をはおっているが、せいぜい十代前半ぐらいにしか見えない。
「どういうわけです?クワク。私がいないあいだ番をしておきなさいと言ったでしょう?それに玄関前の掃除はどうしましたか?」
「おお、これは失念しておった。めんぼくない、番頭どの」
「めんぼくないではすみませんよ」
にがにがしげに番頭に言われてもクワク少年はちっともこたえていないようすで、ほがらかに
「ご容赦、ご容赦。……それで、そちらが見つかった小娘どのですか?」
あやしげな日本語とともに、のりこを見る。
「おじょうさんと言いなさい。――もうしわけありません、のりこさま。彼の日本語はどうもかたよってるんですよ」
「そんなことはござらぬよ、番頭どの。それがしの日本語はサムライ・ニンジャ・ムービーできたえた完璧なものでござる。――おじょうさま、お初にお目にかかる。それがしはクワクともうす。以後お引き立てを!ニンニン!」
と、両手でえたいの知れぬ印(いん)をむすびながら、ていねいに頭をさげる。
メッヒはため息をついてひたいに手を当てると
「――クワクは、もともとはアフリカのガーナに生まれ育ったんですが、日本で行方不明になったお兄さんをさがしに来ました」
(お兄さんを探しに?すごい、ドラマチックだ)
「その費用のため、当館の住みこみの従業員……男衆(おとこしゅ)として掃除や荷物はこびなどをしています。――まあ、どれも半人前ですが」
「なにをおっしゃる、番頭どの。それがしは優秀ですぞ」
クワクは言葉づかいこそかたいが、中身は大陸的な陽気さで言いきった。
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