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のりことだんまりお客8
なんということだろう、だんまりさんの首がポロリと落ちた!
しかも!
胴体だけのだんまりさんは、その落ちた首をまるで気にせず毛玉をつかみおさえる動きをつづけているのだ。
(どういうこと?)
のりこがよく見ると、その落ちた首は、覆面の中に綿がつめこんであるだけのニセモノだった。だんまりさんはもとから「首なし男」だったのだ!
(そりゃ、口をきかないはずだ)
さらに出始めた月の光に照らされる毛玉を見て、のりこはまた「あっ!」となった。
ぼうぼうとした毛のあいだからのぞくのは、青白い青年の顔だったのだ。毛玉と見えたのは男の生首だったのだ!その生首がつばを飛ばしながら口ぎたなくののしっている。
「――てめえ、はなしやがれ!この首なし野郎が!オレさまにさわるんじゃねぇ!」
そうさけんで、だんまりさんの手をふりきり飛び上がった生首の上から
――ばさり。
番頭が網をかけて、その動きを封じた。
「あっ、てめぇ。このやろ!無関係なくせになにしやがる!?」
「そうは言われましても、あなたの『本体』のご要望ですのでやむをえません。――さて、これでやっと自分探しが終わりですね。おめでとうございます、お客さま」
メッヒのかける声を聞いているのか聞いていないのか(だって、耳もないのだもの)だんまりさん……首なし男は服がワインでべちょべちょになるのもかまわず、口ぎたなく大声を上げつづける首を、ただおさえてじっとしていた。
「――ですから、あのお客さまは『にげた』自分の首をさがす旅をつづけていたのですよ」
ラウンジでお茶を入れながらメッヒは言った。買ってきたシュークリームはもう従業員みんなで食べてなくなっていたので、のりこはメッヒが出したブドウの菓子を食べている。さっきのワインと同じおみやげだそうだ。
「さがすって……首がないのに生きてけるの?」
まわりに砂糖がかけてある、みょうにヒンヤリとしたブドウをかじりながら少女がたずねると
「じっさい生きていたでしょう?首が胴体からはなれて飛ぶことができる種族はたくさんいます。中国の落頭民(らくとうみん)やシベリアのシャーマンの一部、日本のろくろ首とかね。うちの近所の診療所にも、そんなのがいたはずです。
しかし、あのお客さまはそれらこの星に住む『ぬけ首』とはちがいます。ですから私も気をつかいました」
「この星?どういうこと?あの人、地球以外のとこから来たの?」
「ええ、月です」
「えっ!?月に住んでるのって、うさぎさんだけじゃないの?」
つい非科学的でこどもっぽいことを口走ってしまい、のりこは恥じたが、番頭にとっては、べつにおかしいところはなかったらしい。
「それは『もちろん』うさぎもいますが、それだけではありません。月もそれなりに大きいですからね。いろいろなものたちが住んでいます。あのお客さまはそのなかでも、私どもが『木生(きな)りもの』とよぶ一族ですね。木にはえて生まれるからそう呼びます。彼らは自身のことを『煮炊き族(にたきぞく)』とよぶようですが……。私もじっさいに会うのははじめてです」
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