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のりことだんまりお客11
「そうでしょう、そうでしょう。――そして、この首を引きよせたそのワインはまちがいなく、わがふるさと由来ですな?」
「?」
ことばの意味がわからなかったあるじに対して、番頭が説明をくわえる。
「私があのたらいに注いだワイン『月の雹』は月のブドウからつくられたものです」
「えっ?月ってブドウがとれるの?」
「当然取れます。地球のものなど目ではない最上級なものですぞ」
木生り族は自慢げに言った。メッヒは
「はい。そして月にあらしがあると、その風にあおられてそのブドウが地球に落ちてくるのです。たいていの人間はこれを氷のかたまり……雹とかんちがいするのですが、一部のアチラモノはこれをひろって上等のブドウ酒に仕上げます。
『月の雹』は特に山梨のムジナがつくる上等品です。そして今あるじがおめしあがりになった菓子もそのムジナがつくったもので『月の雫(しずく)』といいます。人間もこれをまねて地球のブドウでつくっていますが、まったくの別ものです」
(そうか。それでみょうにまんなかのブドウがヒンヤリしてたのか。これが月の味なのね)
木生り族もお菓子……月の雫を手にとると、そのかおりをかいで
「ああ、なつかしきふるさとのかおり!これには用心深いわが首もさすがに引き……へっ!おれとしたことがヘタをうっちまったぜ!ちょいと故郷(くに)を思いだしてセンチな気持ちになっちまった!でもありゃ54年産のブドウだったな!ちょっと酸味がきつすぎて飲みにくいぜ!おれの好みとしちゃ、もっとまろやかだった56年産のブドウの方が……」
バシリ!
またはたかれた。木生り族はふらふらしながら
「――これで、やっと私も故郷に帰ることができます。どうぞお礼の品にこれをうけとってください」
そう言って……なんと!自分の左目に指をつっこんでクルリッと引きぬくと、のりこにさしだした。
「あっテメエ、このバカ胴体!そりゃおれの目ん玉だぞ!返しやがれ!」
首のさけびを無視して、本体(胴体)は
「どうぞお気になさらずに、おじょうさん。われわれ煮炊き族は目の玉を買ったり取り替えたりなど、いくらでもできるのです。この目は200年前に流行ったモデルですから、故郷にもどるともう流行おくれです。記念にさしあげます」
「でも……見えなくなるよ」
「片目があるからだいじょうぶです」
ほんとうは、ただ気もちわるいから受けとりたくなかったのだけど、わきから番頭が
「どうぞあるじ、お受け取りを。木生り族にしてみれば体の一部をゆずることは最高の謝意の表現なのです」
と言うので断りきれない。のりこはそのねっちょりとした目の玉を両手で受け止めた。琥珀みたいにまっきいろの目の玉に、まつ毛がちょっとついているのがかなりグロい。
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