のりことだんまりお客12

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のりことだんまりお客12

 しかし、このあやしい旅館のあるじになってもう一月(ひとつき)。小学四年生の少女にも、接客業がどんなものかはわかっている。 「――うわぁ、きれい!どうもありがとうございます!だいじにします!」  せいいっぱいの営業スマイルに、木生り族はきげんよく 「それはよかった。ずっと身に着けておけば、いつか役に立ちますよ」 「ようございましたね、あるじ」  わきの番頭も満足そうにうなずいた。 (――ほんとうに、商売というものはたいへんだ)  番頭は、木生り族に向かいなおると 「……それより、お客さま。チェック・アウトということですが、いったいどうやってあそこにもどる気ですか?」  その指さす先にあるのは、中天にかがやくお月さまだ。木生り族は 「ああ。それについては先ほど連絡を入れたので、もうそろそろだと思うのだが……おお、来たようです」  木生り族が見上げる先をのりこも見ると、そこにはいつもとかわらない月のすがたが…… 「って、あれ?」  なにか小さな点が月の表面についている、と思うとそれがだんだん大きく……いや、あれはなにかが月の方からこちらに飛んで近づいてきているのだ! 「なんだろう!?ひこうき?」  いや、それにしては動きもかたちもヘンだ。バタバタして、まるで鳥みたいだけど、先が三つに分かれてる……って、ほんとうに首が三つにわかれてる!?  空をとぶのは、一つの胴体から頭が三つはえている大きなハゲタカだった!首それぞれがキアキアさけびながら、綾石旅館の玄関前に降り立つ。 「おお、あかはな・あおすじ・きいろこぶ。ひさしぶりだな。元気だったか?」  名前がそれぞれあるらしい三つの首は、うれしそうに木生り族の頭をそのするどいくちばしでつつく。 「――おいこら!おめえらやめろ!おればっかしつつきやがって!だからおめえらと会うのはいやなんだ、このバカ鳥が!」a84d8d93-bbba-416e-94e5-af764a6ede95  その頭(首)は血まみれで、ちょっとかわいそうだが、胴体とハゲタカはまるで気にしていない。 「ほう、これが有名な月のハゲタカですか?たしか帆船ぐらいの大きさがあると聞いていましたが、そこまでは大きくないようですね」  番頭のことばに木生り族は 「はっはっは。これは聡明な番頭どのらしくもない言いようだ。月は地球の六分の一の重力しかない衛星ですぞ。この子はいま月から地球に飛んで来るあいだに、ふだんの六倍の重力につぶされて六分の一の大きさにちぢんでしまったのです。そして、それは私も同じ。月にもどれば、六倍の大きさにもどります」
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