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廃線の日
「おいっ! 気安く話しかけるんじゃない! アタシは明日死ぬんだから!」
――202X年3月末 北海道・旭夜(あさひや)線・留夜幌(るやほろ)駅
駅員も既に配置されておらず、片隅にはホームがあるだけの小さな駅。それには不釣り合いなだだっ広い構内が、わずかにかつての賑わいを偲ばせるこの地も、今日でその役目を終えようとしていた。
ホームと線路以外は除雪もされず、まるで駅の北側にある雪原と一体となっているようだった。
この駅のはずれにある、すっかり錆び付いてもう動かなくなったディーゼルカーの中に、冒頭の彼女がいた。白い着物を着て、褐色の肌が印象的なさばさばとした感じがする18歳ぐらいの少女に見える。
普段は来客などあるはずもないのだが、今日は色白の肌に黒いスーツ姿の、クールビューティーな同い年ぐらいの少女が来ていた。今日初めてここに来たと言った風情だ。
「まあ、そう言うんじゃない。明日から……」
「おいおい、アタシに明日は無いんだ。そんな話はやめてくれないか?」
「いや、そうじゃない」
「そうじゃないって、もう決まってることなんだよ、これは」
「まあ、たしかに鉄道としては無くなるがな」
今日は最終日と言うこともあって、たくさんの人が来ていたが、彼女たちは普通の人からは見えないようだ。
「鉄道として、ってなあ……、そういやアンタ、なんで私と普通に話せるんだ?」
「お前とは似たようなもんだからな。そういえば名乗って無かったな。私は沙耶だ」
「さっきから、初対面の相手に【お前】ってのはなんだよ……、まあいいか。どうせ今日限りだ。私は里菜。よろしく」
「だから今日限りでは……」
里菜が続けて何かを言いかけたところで、
「今日限りだっての! ここは無くなっちまうんだからな!」
思わず彼女は大声をあげてしまった。それを聞いた沙耶は、
「ま、感傷に浸りたいなら止めはしない」
この駅の南側には住宅地が広がってはいるが、北側はほぼ原野と言っても良かった。地方都市のひとつ、深川市までは50キロほどの距離で、そこそこの乗客は居たのだが、鉄道として存続できるほど多くは無かった。
しかし最後の日に見送りに来る人はたくさんいて、いつもはガラガラの列車も今日は超満員だ。
そんな、いつもと違う景色をチラリと遠くに見た里菜が答える。
「感傷とかそういうんじゃねえよ。ったく、必要が無くなって消えるのは仕方ねえが、こういう時だけ来る連中がいるんだよなあ。普段から乗って欲しかったぜ、全く」
「確かにな。ま、ここが賑わっていたころは、あれぐらいの人たちが毎日この駅に来てたらしいな」
「まあ、な。元々近くにあった炭鉱から採れる石炭を運ぶために作った路線だから。そんな感じだったな。昔は」
「けど、エネルギーが石炭から石油になると、だんだんとこういう路線は廃止されて行ったな」
「そうだな。アンタ詳しいのか?」
「ここに来る時に覚えた」
「ふーん……、アンタ、マニアって訳でも無さそうだし、もしかしてあれか? 私を迎えに来た死神か何かか?」
「そうじゃない、と言ったら信じるかな?」
「思わせぶりな言い方だねえ」
「まあな」
「変な奴だな。ん……!?」
二人が会話を交わしていたその時、里菜の耳にかすかにサラサラという音が聞こえた。
「妙な音だ。気になるな」
「何かまずいことでも?」
「ああ、何もなければいいが」
駅には折り返し深川行きとなる普通列車が止まっている。普段はわずかな人を載せた1両のディーゼルカーがトコトコ走っているこの路線も、今日は堂々の5両編成に満員の乗客が乗っていた。
「嫌な予感がする。ちょっと線路を見に行ってくる」
「そうか、私も行く。2人で行った方がいいだろう」
「ん? まあ、いいけど。ついて来れるのか?」
かくして2人は線路を点検することにした。その5分後、留夜幌駅から普通列車も出発した。
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