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第1話 魔法少女とは
「魔法少女とは!」
朗々と声をあげた実逸を前に、俺はもともと生気の乏しかった目をそっと閉じた。
ここは私立綺羅萌希学園内にある生徒会室である。生徒会員が彼と俺の2人きりで、教室内のホワイトボードに"魔法少女とは"と書かれているがれっきとした生徒会室だ。
「光の国の使者であり、闇の国の魔の手に脅かされる日本に舞い降りた救世主である!」
この小学生もかくやというド痛いご高説を宣うのは、誠に残念なことに我が校の生徒会長である。
涼しげな目もととサラサラの黒髪、薄い唇を僅かにつり上げるだけで周囲の人間が色めき立つ。そんな美貌を持っている実逸は、見ての通りどこに出しても恥ずかしい魔法少女オタクだ。世も末とはこの事である。
「珠實!週に1度の活動なんだ。真面目にしてくれ!」
「真面目に考えているよ。主にお前の顔面についてだけどな」
「俺の顔面?」
「宝の持ち腐れだなって……」
「俺の顔なんてどうでもいい!語るならルミカについて語ろうじゃないか! 見てくれこの愛くるしい目鼻立ち!!」
しなやかな指がホワイトボードを指す。
いつの間にかホワイトボード一面に張られた写真の数々。それらはどれも東京のビル群を駆け抜けるフリルとレースに包まれた金髪の美少女が被写体だ。もちろん視線は別方向。隠し撮りだ。犯罪である。
この少女の名前はルミカ。
突如として東京の地に現れた魔法少女である。
何を馬鹿なことを、と思われる方も多いだろうが、俺だってどうかしていると思っている。しかし頬を引きちぎっても目の前の現実は変わらないし、時間を巻き戻すこともできない。諸行無常とはこのことである。
半年前、東京の新宿に謎の卵が飛来した。流線形の縞模様が施された、明らかに自然のものではない黒い卵形の隕石。前触れはまったくなかった。
幸いにも卵の飛来による死者はなかったが、その後に起きたことな方が問題だった。卵は瞬く間に巨大なトカゲに似た異形の怪物へと姿を変え、周囲の人々を襲い始めたのだ。
何の備えもなかった人類では到底勝てる相手ではない。少なくとも警察や自衛隊では駄目だった。
そこへ突如現れたのが、光の国の魔法少女プリンセス★ルミカである。
一条の光と共に現れた、ピンクと、レースと、フリルに包まれた可憐な金髪の美少女。場違いに可愛らしい声で名乗りをあげたファンシーの権化は、ゆめ格好可愛い決めポーズをキメた。異形の怪物は思わず動きを止め、周囲の人間はもれなく日朝の女児向けアニメを想像した。俺は薬物でもキメてるんじゃなかろうかと思った。
ただ、名前とナリこそふざけたものであったものの、彼女の実力は本物だった。
彼女は登場して5分足らずで異形の怪物の脳天を拳で貫き、フリルを翻す足で首を両断してしまったのだ。そう、まさかの物理攻撃に言葉が出ない。
魔法少女とは? と首を傾げてしまいたくなる程に物理攻撃の嵐。先程の名乗りはもしや戦国武将の名乗り的なものだったのでは、と人々は思ったという。
彼女が現れて半年経った今でも戦闘スタイルは変わらず、徹頭徹尾物理でできている。杖から七色のきらきらビームを出したりしないし、コンパクトで二段変身もしない。
投稿動画サイトにはルミカの動画が数多く投稿されているが、どれも「魔法(物理)」「フリルの悪魔」「マジカル筋肉」などというタグやコメントで埋めつくされている。因みに俺のお気に入りは「魔法少女は添えるだけ」だ。
閑話休題。話を戻そう。
俺の親友である赤島実逸は、このルミカの初登場に居合わせた人間の1人だ。かなり近くにいた彼は瓦礫の下敷きになりそうな所を、怪物を亡き者にした直後のルミカに救出されたのだ。
次の日の新聞の一面には、歴戦の覇者のオーラを持って瓦礫の上に立つ、返り血にまみれたルミカと、横抱きにされて雌の顔を晒している彼の姿がでかでかと載せられのだった。
俺からしてみれば2度と往来を歩けぬ体にされたと言ってもいい仕打ちだが、何をとち狂ったのか、実幸はルミカに恋をしてしまったらしい。
以来、生徒会執行部は"魔法少女研究同好会"と事実上趣旨変えを果たし、彼は日夜ルミカの生活圏を特定すべくルミカ関連の動画の研究に勤しんでいる。公然としたストーカー行為に控えめに言ってもドン引きである。
当然、とち狂った生徒会長を前に、他の役員はしょっぱい笑みを浮かべて去っていった。友情が紙より薄いとかそんな悲しい事ではない。友人の変わり果てた姿を側で見たいか見たくないかの違いである。だがしかし、誰も彼をまっとうな道に引き戻そうとは思わなかった。面倒なので。
段々早口になる実逸の声を右から左へといなしながら、カッチコッチと知らぬ顔をする時計睨む。まだまだ実逸の演説に付き合わなければならなそうだ。
深いため息をついた。
魔法少女プリンセス★ルミカ。
闇の国の怪物たちを滅ぼすために遣わされた光の国の使者。
もちろん彼女にも世を忍ぶ仮の姿がある。とある事情で俺はルミカの姿こそが仮初めの姿なのだと知っていた。本来の彼女は俺たちと同じ日本の一般人だ。
どうしようもないほど熱をあげる親友に、彼女の正体がこの生徒会執行部の顧問の男性教師であると告げることができないでいる。
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