第2話 魔法少女誕生秘話

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第2話 魔法少女誕生秘話

「おい、珠實はいるか」  徐々に熱を増してくる実逸の講演会は唐突に終わりを告げた。生徒会室に1人の教師が入ってきたためだ。  軽井美琴(かるいみこと)。  この学園の体育教師にして、生徒会執行部及び風紀委員会の顧問である。黒々とした髪を刈り上げて、むっつりと黙り込んだこけし面は、その鍛えぬかれた体躯もあってかなりの迫力がある。服装チェックのために早朝から校門前に張っている姿は、教師というよりも門番に近い。いやまあ、校則違反者から学校の門を守ってるのかもしれないが。  そんな筋骨隆々な体育教師は、生徒たちからたいへん恐れられている。不機嫌そうな顔で厳しく服装チェックされるのが単純に恐ろしいからだ。  俺に言わせてみれば見当違いも良いところ。これはそんな恐れられるような存在じゃない。 「昨日の怪獣の件なんだが……」 「学校でその話はやめてください」  TPOを弁えない男には毅然として言い放つ。  そう、何を隠そう彼こそが都民の平和を守り、動画投稿サイトのランキングを総ナメし、我が友、実逸の性癖をねじりにねじ曲げた張本人、魔法少女ルミカその人なのである。  どう見ても成人男性の筋肉達磨が、どんな化学反応を起こせば金髪美少女になるのかは不明だが、実際に起こってしまったのだからしょうがない。東京の、ひいては世界の存亡をかけた戦いにおいて過程は不要。勝利という結果だけがすべてだ。もっというと浪漫も夢も必要ないのだ。全てを許容する魔法とルミカの持つ筋力が物語っている。 「……タマミン」 「ぶっとばすぞ」  低く唸って、シュンと解りやすく落ち込んだ筋肉達磨を生徒会室から追い出す。背中に「後で生徒指導室に行きます」と声を投げれば一応は納得したらしい。振り返ったこけし面に花が咲いた。まったくもって需要はない。 「美琴ちゃん本当お前のこと好きな」 「勘弁してくれよ……」  はあ、とため息をつく俺を見て、なにも知らない実逸はケラケラと笑う。  軽井先生はルミカに変身するようになってから、俺に対して妙に馴れ馴れしく接するようになってきた。俺がルミカの協力者である……というか、彼がルミカになったのは俺に原因があるからだ。  相棒、もしくは戦友という認識でいるのかと思うが、学校生活は平穏に過ごしたい俺としては、むやみやたらと呼び出したり、資料整理を手伝わせたり、お昼に誘ったりしないで欲しいのである。購買の菓子パンは大変美味しいので、くれるものはありがたく頂戴するが。 「美琴ちゃんと付き合ってるってマジ?」 「その噂の火元を教えてくれ。そいつごと消しに行くから」  鬼気迫る俺の表情に「やっぱガセだよなぁ」と俺の女好きを重々承知している実逸は頷く。 「でもよく一緒にいるし、コソコソしてんじゃん? 内緒の関係みたいな感じなの? 血の繋がらない兄弟とか」 「冗談じゃねぇ」  俺は頭を抱えた。冗談じゃない、が、実際のところ"内緒の関係"というのは的を射ているから、十代の少年少女の観察眼とは侮りがたいものだ。一刻も早く噂が風化してくれるのを祈るばかりだが、あの人目を憚らない体育教師をどうにかしないと叶いそうもない話だった。人の噂も七十五日というが、人の口に戸は立てられない。全校生徒の口を閉じなければ七十五日目は永遠に訪れないのである。なんて恐ろしい日本語だろう。  俺たちの秘密の関係――こういうと寒気しか感じないが他に表現できる言葉が見つからない――は半年前から始まった。  その日というのは都内に初めて怪物が現れた日であり、魔法少女プリンセス★ルミカ爆誕の日でもある。  しかし、その話をする前にまず、俺の出自について話さなくてはならないだろう。
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