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第3話 魔法少女の条件
「先生にお話しがあります」
約束通り軽井先生の呼び出しに応じた俺は、世間話もそこそこに生徒指導室にある机に腰かけてそう切り出した。
「わ、別れ話か」
殺すぞ、という呪詛は飲み込む。賢い俺はこの伝達力が残念な教師の言葉を真に受けてはいけないと既に学んでいた。
「誤解を招く表現はやめてください。下手するとまたPTAに怒られますよ」
「俺は悪くない」
子どものような言い訳を口にするが、校則違反者を泣くまで追いかければ問題になるのは当たり前である。
追いかけられただけで泣くのは生徒の方にも問題があるのでは、という意見もあるだろうが、彼はその日スポーツサングラスをしていた。その容貌は完全にターミネーターか某鬼ごっこ番組に出てくるハンターにしか見えない。逃げたくなるのも当然の話だった。
ただ、元を質せば校則違反をしなければ追いかけられる事態にはならないので、まあやはり生徒の方に問題があったということになるんだろうな。でもこの先生の所業を擁護するのは癪なので黙っておくことにする。
「実逸のやつがルミカの生活圏を着々とあぶり出してきてます」
死んだ目で続けると、軽井先生は「ああ、いつものルミカのファンか」と薄く微笑む。喜ぶな。
「忘れてないですよね? 魔法少女の条件」
「?」
きょとんと首をかしげられてぴきりと青筋が立つ。
最近知ったのだが、この教師は話を聞いてないようで聴いている……ように見せかけてやはり聴いていないのだ。何か思案しているように見えても、大体はなにも考えていないし、よしんば考えていたとしても晩ご飯の献立だったりする。
「忘れたんですか? ……魔法少女はその正体を知られると魔法の力を失ってしまうんです」
俺の言葉に先生はハッとして、それからしどろもどろに「お、覚えているとも。誰にも言ってないぞ、友達もいないしな」という悲しい自己申告をしてくるが、何となく勘づいていたのでそれについてはノーコメントを貫きたいと思う。
「じゃあこれは何ですかね」
代わりとばかりに目の前に差し出すのは日本で最大規模のSNSのアカウント画面。アイコンはぱっちり二重の金髪美少女のウィンクつきの自撮り。ユーザー名は"プリンセス★ルミカ"。
「なんでアカウントなんて作ったんですか!」
「ファンから要望があった」
「それ実逸からだろ! 応えんな!」
「せっかく美女肉おじさんになったからにはファンは大事にしたいんだ。SNSは初めてで不慣れだが、異世界から来た魔法少女という設定なので受け入れられているようだ」
「冷静に客層意識しなくていいんで、さっさとアカ消してください」
俺の無慈悲な宣告に、先生はきゅっと身体を丸めて「それは嫌だ」と首を横に振る。
「折角フォロワー数1万人いったのに」
「フォロワー数で人命が救えますか。先生以外に魔法少女はいないんですからね」
「ちゃんと正体がバレないように気を付ける」
「そう言ってどうせ俺がごまかしに行かなきゃならん事態になるんでしょ」
先生との論争は平行線を辿った。「子どもじゃないんだ、ちゃんとできる」逞しい大胸筋を張る先生は何処からどう見ても大人だが、見た目に騙されてはいけない。彼は間違いなく図体のでかい子どもである。これだけ言っているのにルミカの姿でスーパーに駄菓子買いに行くくらいには。
「そういうところが子どもだってってんですよ」
肩をすくめれば「お前はカーチャンみたいだな」と返された。事実保護者のような気持ちは大いにあるが、認めてやるのは癪なので鼻で笑っておく。
「先生が俺の子どもなら山に捨てます」
「虐待だぞ。ちゃんと老後まで世話してくれ」
「とんだクソガキじゃないですか」
結局、話の矛先が大きく進路変更したために、ルミカのアカウントは消し損ねたし、先生の意識をどうにかすることはできなかった。俺たちにはそういう所が結構ある。
これがまさかあんな事態に繋がるとは、この時の俺は思いもしなかったのである。
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