11人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
私はユキを強く思った。
すると病室のベッドに起き上がっているユキが見えた。
横に親友の斎藤とその奥さんがいて、ユキの世話をしてくれていた。
すまんな・・斎藤。
お前の息子とユキが一緒になれたら・・本当によかったのにな・・。
ユキは熱があるのだろう、赤い顔でぐったりとしているが
斎藤夫人に支えられながら手紙を書いているようだ。
両手と頭に巻かれた包帯が痛々しい。
やがて疲れたように手を止めると、奥さんが封筒を手渡した。
声は聞こえないが、奥さんに何か頼んでいるようだ。
奥さんが涙ながらにそれらを受け取って、
封をして気づかわし気にユキを布団に寝かせる。
ユキの口元が動いていて、
私は聞こえなくても何を言っているか解ってしまった。
あの憎き男の名だ。
・・・なんて優しい笑顔であの男の名を呼ぶんだ・・。
その顔は明るく穏やかに輝いて、まるで弥勒菩薩のようだった。
そんなに愛していたのか・・。
ユキのいじらしさに、胸が塞がれる思いだった。
でもそれほどユキが求める男ならばと、
不思議とあの深い憎しみはもう湧いてこなかった。
私は妻の手をぎゅっと握りしめた。
妻が少し笑って、私の手を握り返した。
「あの子ほど人を愛せる子はいませんね。
私たちは良い子を授かりましたわ。」
最初のコメントを投稿しよう!