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【…22:53、任務開始】
びしょ濡れの前髪から滴が垂れる
「了解」
雨晒し、傘は持たない
ビルの影に隠れる
待ち伏せは、人目のない場所で
【ザー…ッ__前方より対象の接近を確認、警戒態勢に入れ】
夜道にご用心、人外が貴方の横を通る
「っ…、はぁっ…」
耳を済ますと
獣のような呼吸が聞こえてくる
間違いない、アレだ
この角を曲がるはず
【3、2…】
合図に合わせて飛び出す
ドンッ
ビシャ、バシャ
相手の傘が落ちる
「あっ、…す、すみません!大丈夫ですか」
親切なフリをして顔を覗き込む
「…」
答えもしない
暗く酷い隈のある目をした
まだ若い小僧だった
20か、それよりも下か
前髪が長い
顔を隠して生活しているのだろうと予測できる
その上、独特の蜂蜜に似た体臭
長い八重歯が覗き、爪も尖っていて長い
これは間違いなくアタリだ
とはいえ、それは俺の「勘」
「ごめんな、立てるか?」
確認作業は素早く一瞬で行う
そうでなければ勘付かれ、あわよくば致命傷を負う
ただ、性別がオス同士なら
深傷は負わない
手を差し出して見ると、意外にもあっさりとこの手を掴んだ
「…ません」
ごつごつした手だが、細い
体の中のセンサーに触れる『感触』ー
雨音の中、機械音が耳元で鳴る
【確認】
唾を飲む喉の音
目の前の彼は頭を下げた
「…ます」
唸るような声は、決して荒々しくはない
しかし、油断は禁物…
ぱっと手を放した
「え?ああ、どういたしまして!
気をつけるんだよ、夜道は危険だから」
「…?」
首を傾げられた
…それはそうだ。傘も持たずびしょ濡れのまま、傘を持っている人の心配をしているのは奇妙だ
彼は傘を落としたことで大分雨に濡れてしまったが、傘を拾い取ってまた歩き出そうとした
「…じゃあ」
「はい、さようなら」
俺はその背中がこちらを振り向かないと確認してから、腰の拳銃に手をかけた
周囲を見廻し安全を確認
「周辺確認、完了。許可を願う、over」
振り向くと、その背中が見える
【ー…202、発砲許可確認。用意】
「3、2…」
ザー…ー
目の前が歪んだ
どうした?
見えない
【202、直ちに発砲せよ】
だって、目が見えない…
「先生」
「ん…?」
砂嵐が消えた
目の前には、10メートル先を歩いていたはずの標的がいた
黒い犬のようで、みすぼらしく見えた
服も髪もぼろぼろで見苦しい
これが社会の最下層、いや不可触民である
「傘、いらないの?」
「…!」
彼は傘を差し出してきた
【こちら本部。202、不審物接近の可能性有り、直ちに標的から離れ任務を中断せよ】
「先生」
俺は「先生」でもなんでもないのに、
彼は俺をそう呼んだ
「く…来るな、近寄るな!」
恐ろしく、不気味で不快で凄まじく奇妙で
まるで怪物だった
自分の視界までもジャックされたのか、
それとも自分が思考を停止したのかわからないが
敵は確かにアレだったのだ
俺は走って水溜りの道を必死に走って逃げた
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