今日はxx日和

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「はぁ、はぁっ…はぁっ」 走って走って走って 汗が額を濡らして、こめかみも濡れて 雨で湿気もすごい中走って走って 逃げた 水溜りがいたるところに、足の踏み場もない 逃げながら、ヒールが折れた 「きゃあっ、」 転んでから、すぐに震えて立ち上がった 後ろを振り向くと遠くに影が見えた 夜でもよく光る目が、こちらを狙っている 「嫌だ、っ…逃げなきゃ、早くっ…、」 ヒールの折れた靴を捨てて、裸足で逃げた 寒くて寒くて凍えるはずの冬の最中に 私の体は燃えているようで苦しかった 何かに焚きつけられて、体の芯が燃えるのだ あの狼のような動物が追ってくるからか、 それとも 「っ、嫌だっ、嫌だっ!」 嫌だと思っても、足の先が動かなくて 何度もつまづいて走れない 自分が速度を失うほど相手の足は速くなるようで 「ひっ…嫌…」 ついに立ち上がることも出来なくなり、 目の前に狼がいた 「た、助けて、誰か、誰か」 ところが、周りには誰もいない 不自然なほどに静か 藁にもすがる思いで携帯を取り出して電話をかけるが、おそらく通話が繋がっても間に合わない 「…」 息が聞こえてきた 霧のような雨の中から現れたのは 人の形をした獣だった 「はぁ…はぁ…」 自分以上に浅い息で、でもそれは走り疲れたのではない 興奮しているのだ 聞いたことがある 都市伝説だと思い込んで信じていなかったけれど 獣人というものが夜道に現れて無防備な女、子供を襲い食いかかる 興奮した獣人は狼のような目と耳をしていて 足が速くて爪が鋭い、牙も持っているって 人間の体を食って胃を満たすとか 連れ去って山奥に捕らえるとか 捕まったら獣人に変えられるとか あるいは 狼のような目が私を見下ろし、 舌舐めずりをした 確かに手足は人間だし、顔も人間と見分けがつかない 顔はよく見ると鼻筋が通っていて 人間離れした顔立ちで 魅力的に見える 人間の目とは違う、透明感があった 恐ろしい噂とは裏腹に、端正な顔立ちと美しく長い手足に戸惑った しかしそれが罠 「お嬢さん」 狼の耳がくっついた男が話した 「ひっ…、」 「怖がらなくていい…」 男は私の体に寄り添うよう、地面に手をついた こうして更に近くで見ると、 それは世に言う美男で間違いはなかったと思う 心臓が激しく動き出した 何故、死ぬかも知らないというのに これほどこの男に魅入られているのだろう 「こんな道の真ん中では番人に見つかるからな…」 男は私を持ち上げて、路地裏に連れ込んだ 「もう逃げたりするなよ、走ると腹が減る」 「っ…!」 叫びそうになったところを、口を抑えられる 「おっ…と、せっかくの夕飯を邪魔しないでくれよ。ここまで来てお預けは笑えない」 男は口の端を上げて牙を見せた 「殺しはしないさ、ちょっと血をくれよ」 そう言って男は荒い息を私の首に吹きかけながら歯を立てた 「っん"ん"!」 深く突き刺さった牙は太く 痛みは表しきれない 注射針でさえ激しい痛みを覚える私に それは気を失ってもおかしくない痛みだった 「あー…美味い美味い、良い味だ」 吸血鬼、という怪物の話も聞いたことがあるがそれとは違うのだろうか もし吸血鬼という都市伝説から話を借りれば、光や十字架に弱いはずだった ただ、そんな撃退道具も何一つなく これ以上牙を刺されないよう大人しくしているしかなかった ごく、ごく、と男の喉が鳴っている 血を飲まれているということに改めて意識がいくと、失神しそうだ 実際に貧血にもなっているのだろう 「なぁ、ついでに一発やらせて?」 男が何を言っても、頭が認識しなかった くらくらして立っているのもやっとだった 男は私の体に手を這わせる その後のことは覚えていない 病院で目を覚まし、医者と警察に言われたのは獣人の精子が服に付着していたこと 肩についた刺し傷は恐らく消えないだろうということ 避妊が間に合わないかもしれないこと 絶望するようなことしか言われなかった でも私は男の顔をしっかりと思い出した 今まで見たどんな芸能人やモデルよりも 美しい顔だった
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