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こちら、医務室。
「それで、獣人潜入調査の聴き込み訓練だって言うのにお前は、人の食いもんの話題しか振らないな!って怒られてー」
グランド・ルーは白衣の天使。
健康管理から負傷者の手当てまで、
隊員の面倒を見てくれる。
「しみるよー」
「いったぁ…心に滲みますねー!
それで、じゃあどんな話したらいいんでしょう?って聞いたら、話をするんじゃなくて聞き出すんだよ!って…だから、その方法を教えてほしいっていってるのに」
「うーん、たしかにねえ。あとは?どこを怪我したの?」
アメトラはガーゼの貼られた上半身にシャツを羽織った。
「ああ、怪我はもうないんですけど…」
「何か気がかりなことでもあるのかな?」
グランド・ルーは変わり者だ。
この寮で唯一、アメトラの相談相手になる。
対策本部長リーブスは怒りっぽく、
その補佐官ジエンは冷徹で、
ルームメイトのリュウは話を聞こうとしないどころか自分の話ばかりしてくる。
他の隊員とは話はしても、アメトラのことは変わり者扱いで真剣な相談をする気にはなれない。
「なんでも聞くよ」
だから、グランド・ルーは素晴らしい。
「…最近、体がおかしい気がして」
話すべきことだろうか、と悩む。
俯き加減になってしまうのも致し方ない。
「おかしいって?」
「あの…とても言いにくいんですけど。
俺達って規則が厳しいじゃないですか」
「あー、食事内容とか生活リズムとか礼儀に関してはジエンが厳しいか。僕もジエンからの監視は厳しくてさあ。でもそれは隊員としては欠かせない事項だし、ジエンも君達を心配してるんじゃないかなあ」
「それも、そうなんですがそれではなくて!
大きな声では言えないことで…」
アメトラは社会の規則を守るのがどちらかと言うと苦手なようで、それを欠点として恥に思っている節もある
また、人の世話を焼くような人間とのコミュニケーション能力や社交性は際立って高いものの、上下関係、社会的地位を考えて距離を取るということもできない。
殊に礼儀作法に関しては。
良くも悪くも対等に接しているということで、それは評価に値するが…
アメトラは困った顔でため息をついた
「いや、やっぱり相談はまた今度で…」
「獣人に関係することかい?」
アメトラが顔をあげる
「…はい、何故それを」
グランド・ルーは暖かい紅茶のポットを運んできた。湯気から立つ香りは芳しい
「アメトラ君、いつもより体温が高いんだ。
熱かと思ったけど咳もしないし。
それに匂いもする…経験上大体はわかるよ。
僕はこれでも何人も患者を見てきたんだから。今までの症例から解決策が見つかるよ」
アメトラは、安堵したのか目を潤ませる
「…実は、すみません。規則ではいけないと言われているのに、ここが…」
小さくならない、と言って
アメトラは顔を赤くした
「…泣くほど悩むまで、どうして言わなかったんだい?」
「どうしたらいいかわからなくて…
リュウは、当然のように言うけど俺は
そんなこと今まで考えたこともなくて、
体をそんな風に使っちゃ駄目だって
言われてたし、我慢するしかないって」
アメトラは言葉も途切れ途切れに言った
「誰にも言えなくて、分かってもらえるはずもなかったし…」
寮内で、性的行為は禁止
それが自慰でも…
というのが、規則の建前。
この規則ができたのは、過剰な体液の臭いは興奮した獣人を引き寄せるという調査結果が出てからだ。ちょうど3年前くらいから。
「大変だったね、アメトラ君」
グランド・ルーはアメトラにハグをした
アメトラは涙を流す
「グランドさん…ありがとうございます。
やっと人に話すことができて…」
アメトラは、グランド・ルーの肩にすがりつきような衝動に駆られた
「規則は破っても構わないんだよ、アメトラ君。僕の考えでは、規則は時に破ることで新たな検討の機会も生まれると思うんだ」
グランド・ルーは、少し微笑んだ
「アメトラ君、自分で触ったことは?」
「それはあります、高校の頃ですけど…」
「じゃあ、養成所に入ってからは?」
「ないです。養成所でもどこでも、獣人を引き寄せてしまうってことには変わりがないじゃないですか。それが怖くて」
その危険を顧みない者もいるが、アメトラは違ったらしい
「大変じゃなかった?我慢するのは」
「…さあ、わかりません。でも、獣人に触れてからはとても苦しく感じます」
グランド・ルーはアメトラに優しく言った
「手伝おうか」
グランドはアメトラの手を取った
「それは…駄目だと思います」
グランドの申し出を断るのは気が引けた
もし断って、グランドと距離を置くことになったらそれは困る
「アメトラ君の本当の気持ちは?」
グランドは、手慣れた様子で宥めるように
アメトラの腿に手を乗せる
確かに、これ以上我慢はできない
「僕の心配はしなくていいんだ
君がどうしたいのか、それを考えて」
グランドが自分の体に触れても嫌だとは思わない
これも治療の一つだと言われれば、
そうとも考えられる
「駄目かな…」
グランドの手が腰に回る
「あ…、あ、グランドさん、俺、」
「何?」
体が熱くなるのを感じた
もしこのまま、身を委ねたら
楽になるのか…
グランドの手は温かい
気持ちが良い
それなのに、頭の中に電子音がなる
《直ちに退出せよ》
グランドの手が、ベルトにかかった
「はぁ…っ」
誰のものでもない
きっと、自分の体の中から生まれる声
それに逆らうことができない
「ごめんなさい!グランドさん、俺はやっぱり無理です!ごめんなさい!」
「あ、待って!アメトラ!」
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