やめてください、死んでしまいます

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やめてください、死んでしまいます

 真っ白だった原稿を完全復旧させた市ヶ谷は、この4時間ほどで体重が4キロほど減ったのではないかと思われた。  幸いだったのだ… と自分に言い聞かせる。  もう二度と同じものを作れないと思っていたものを完全に復活させ、更に(更にだ)、読み上げられて気になった点を随時修正していくことができた。  こればかりは、たしかに、あの男がいなければできなかった(しなかった)ことだ。  市ヶ谷が「ありがとう」と男に言うと、彼は、とても驚いていた。驚いて… それから嬉しそうに笑ったのだ。  もう一度封筒に原稿を収め、市ヶ谷は男に食べられる前にポストに投函しようと部屋を出た。  あえて聞きはしなかったが、─── 部屋に戻ったとき、男はまだそこにいるだろうか。  大型郵便の口へ投げ入れる手が、一度止まる。  はあ、と市ヶ谷は白い息を吐いて、突っかかっていた封筒を押し込んだ。  物の怪か神さまか、どちらでも構わないが、朝からあれだけうるさかった奴が忽然と消えているのも少し寂しいものかもしれない。  市ヶ谷は冷たい空気の中で、少し感傷的になっている自分に気付いていた。  自転車に跨り、そうして、─── こういう描写、しっかりとフラグになっているんだよな、と物書きの脳みそが笑う。  玄関を開けると、男が土下座をしている。  瞬間、市ヶ谷は次の公募作品が仕上がり掛けていたのを思い出した。 「すいませんっでしたあああ!!!!!」 「やめろっ、死んでしまうからっ!!」  新たな戦いのゴングのごとく、壁がドンと鳴った。
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