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カラオケ声量館
悠輝が連れてこられたのは、駅前にあるカラオケボックスだった。
「悪いな、料亭じゃなくて。弱小野党は貧乏なんだよ」
一喜が所属している社会見廻り組は結党されてまだ一年にもならない。彼は数少ない衆議院の無所属議員だったが、同じく無所属の川本治郎と共にこの党を立ち上げた。川本は元タレントということと奇抜な行動をすることがあり、非難されることが多い。しかし、彼の魅力は口先だけではなく本気で己の過ちに向き合い、考えや行動を改めることだ。そんな人物だからこそ、一喜も協力する気になったのだろう。
「いいよ、早速本題に入ろう。誰にも聞かれたくないからここを選んだんだろ?」
悠輝の答えに一喜は微笑んだ。
「さすが、法眼叔父さんの息子だな」
「違う、赤の他人だ」
今度は苦笑する。
「まぁ、俺も苦手だ。だから、こうしてお前と会っている」
「で、何があったんだ?」
笑みを消し、一喜の顔は真剣その物になった。
「仏眼叔父のことは、どこまで知っている?」
佐伯仏眼は法眼の弟だが、悠輝は会ったことが無い。
仏眼は三男で、法眼が次男、そして一喜の父である慧眼が長男だ。仏眼は法眼と互角、あるいはそれ以上の験力-彼らは法力と呼んでいるらしい-を持っている。悠輝には、法眼以上の化け物が遙香以外にも存在するとは信じられないのだが。
一方、慧眼は異能の類いは一切無く、法眼との関係も良好なので悠輝は幼い頃、一喜によく遊んでもらった。横暴な姉しかいない彼は兄が欲しかったので、従兄に会うのをいつも楽しみにしていたのだ。
「まず、岳玄寺の跡取りになれなかったことが気に食わず、グレて新興宗教にはまって、今は求道会のお偉いさんになったってことぐらいかな」
岳玄寺は法眼たちの実家で跡は長男の慧眼が継いだ。しかし、一番強い法力を持つ自分が継ぐべきだと主張し、異能を使い父と慧眼を排除しようとして、法眼に叩きのめされたと聞いている。
「でも、一昨年、仏眼は岳玄寺を……」
「ああ、色々根回しをして、お前の伯父さんから奪い取った」
一喜が言葉を引き継いだ。悠輝は暗い顔で頷いた。法眼が今度は止めなかった理由を考えると、仏眼が背景にしているものの強大さが判る。
「まぁ、それは構わない。どのみち跡取りはいないんだから、他の誰かに任せることになった。少し引退が早まっただけさ」
岳玄寺の跡取りは長男である一喜だったが、僧侶になることを拒否し政界に入った。彼の捨て台詞は「念仏を唱えても人は救えない、俺は人を救える仕事をする」だ。どこの寺でも跡取り問題に悩まされているらしい。
「伯父さんは納得してる?」
「もちろん不満はあるんだろうけど、いつも通り飄々と暮らしているよ。最近はロードバイクにハマっていて、毎日何十キロも走っている」
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