クルーズ船『大日』・屋上デッキ

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クルーズ船『大日』・屋上デッキ

「破!」  強力な験力が『鬼』を直撃する。裂気斬や烈火弾と違い消滅せず、『鬼』を吹き飛ばした。   すごいッ、さすがお祖父さん!  しかし、慧眼の身体からは祖父の気配が大分薄くなっている。かなり無理をして験力を使ったのだ。 「どうして通用するんだ?」  助けられたにも関わらず、悠輝は不満そうだ。 「御前とは鍛え方も経験も違う」  法眼の言葉に鼻を鳴らす。 「『鬼』と同類のバケモノだからだろ?」 「ケンカしてないで薬師如来真言を唱えて!」  (たま)りかねて朱理は叫んだ。『鬼』はまだ(たお)していないし、恐らく法眼は験力をもう一度放つことは出来ない。紫織の精神を連れ、彼女は自分の肉体に戻った。 〈あれ? これ、おねぇちゃんの体?〉 「あの怪我じゃ、いくらおじさんでも直ぐには動けない。だから、わたしの身体(からだ)で戦う!」  強大な験力と殺気に反応したのか、『鬼』が朱理に向かって突進してくる。  だが、紫織の験力は想像以上に朱理の能力を高めていた。悠輝に憑依しても韋駄天呪を発動するまで『鬼』の動きに付いていけなかったのに、今は(しつか)りと捕らえる事ができる。姉妹だから叔父以上に相性が良いのかも知れない。 「(らい)(えん)(だん)!」  焔と雷が螺旋状(らせんじょう)に伸びていき『鬼』に命中する。 〈朱理、紫織、すまない、ヘマをした〉 〈おぢちゃん、だいじょーぶ?〉 〈心配ない〉  炎が()き消え、『鬼』と一体化した仏眼が姿を現す。衣服はほぼ燃え尽き、肉は焼き焦げ、一部骨が露出している。普通なら生きてはいられない。だが、仏眼の身体はみるみる再生していく、まるで動画を早戻ししているようだ。 〈あれでも斃せないとはな〉 「おじさんより頑丈だ……」 〈あんな化け物と一緒にするな!〉 「五十歩百歩な気がするけど……  それより、どうすれば斃せるんだろ?」 〈いっぱいこうげきすれば?〉 「そうするしかないか……」  力押しで行くしかないのか。 〈どうしてあいつは、槍を抜かないだんと思う?〉  仏眼の胸には『鬼殺しの槍』が突き立ったままだ、雷炎弾で焼け焦げても抜けていない。どう見ても邪魔だし、抜けば自分の武器にできる。 「血が噴き出しちゃうから、なんて理由じゃないよね?」  焼け焦げても直ぐに再生する怪物が、槍を抜いて出血死するとも思えない。 〈巨大な姿の時は呪による攻撃が効いているように見えた。でも、実際は違ったんだ。あの姿自体が鎧みたいなもので、その能力を槍が封じているんじゃないのか?〉 〈じゃ、ぬかないほうがいいの?〉 「それはそうだけど、能力の封じてもこんなに強力な化け物じゃ……」 〈だから、あの槍にさらに験力を注ぎ込んで、内側から破壊する〉 「そんなこと……」 〈出来るさ、こっちには紫織がいるんだ〉 〈え?〉  紫織がキョトンとしているのを朱理は感じた。 〈叔父ちゃんとお姉ちゃん、二人の験力じゃ『鬼』にダメージを与えることは出来なかった。でも紫織は叔父ちゃんたちより、ずっとずっと強い力を持っている。だから、おまえがいれば『鬼』を退治できはずだ。紫織の力が必要なんだよ〉 〈アタシがひつよう?〉 「そうだよ、紫織が必要なの。紫織だけじゃない、叔父ちゃんもお姉ちゃんも、三人がいないと、『鬼』をやっつけられない」  紫織に自信と喜びが溢れるのを感じる。 〈わかった。アタシ、なにをすればいいの?〉 〈叔父ちゃんとお姉ちゃんに対して、完全に心を開いてくれ〉 〈どゆこと?〉 〈叔父ちゃんたちをどれだけ受け入れてくれるかで、紫織の験力の使える量が変わる。『鬼』を斃すには、紫織の全力が必要だ〉 「だからお姉ちゃんたちに、すべてをゆだねて。できる?」 〈それって、おねぇちゃんとおぢちゃんの、されるがママになれってこと?〉  紫織が不安に感じている。 「そうだね……」  流石にそれは嫌なのだろう、朱理にもそれは理解できる。 〈わかったッ、いいよ!〉  予想に反し、紫織は直ぐに同意した。 〈アタシがひつようなんでしょ? だったらやるよ!〉  今度は紫織の強い覚悟を感じた。 〈ありがとう、紫織。  それじゃ朱理は精神防御を頼む。おれは肉体を担当する〉 「ちょっとおじさんッ、あたしの身体(からだ)だよ!」 〈おまえのほうが精神防御は上手いんだ。紫織の験力があるとは言え、『鬼』が精神攻撃をしてきたとき、少しでも長く耐えられるようにしておきたい〉  こう言われると嫌な気はしないが、 「精神攻撃を『鬼』はしてくるってこと?」 〈魔物を呼び寄せるんだぞ、何でもありと考えたほうがいい〉  それはもっともだ。 「わかった。それじゃ、戦闘開始!」  朱理のかけ声と同時に悠輝が験力を集めるのを感じた。 「雷炎撃(らいえんげき)!」  朱理の口を借りて悠輝が叫ぶと、朱理の頭に巨大な矢のイメージが湧く。焔と紫織の雷、そして悠輝の念動力が一本の矢となり、『鬼』に放たれる。それが寸分違わず『鬼殺しの槍』に突き立つ……ように見えたが、妖力により阻まれ矢は消滅した。 「やはり、そう簡単にはいかないか」  また悠輝が朱理の口を使った。  お返しとばかりに『鬼』が、妖力の矢を立て続けに何本も放ってくる。  紫織の験力で身体能力が強化されていることもあり、悠輝は巧みに矢を(かわ)した。 『鬼』の攻撃は妖力の矢だけではない。恐れていた通り、朱理達の精神への攻撃もしてきた。精神を支配し動きを止めようとする。朱理は琴美の精神を呼び出し、精神支配に耐えた。恐らく、自分だけの験力では耐えきれなかっただろう。しかし、今は妹と叔父の力も加わっている。  妖力の矢と精神攻撃が止んだ。こちらの出方を(うかが)っているのだろう。 「直接『鬼殺しの槍』をつかんで、験力を注ぎ込むしかないか。問題は、朱理の身体(からだ)が奴との肉弾戦に持つかだ……」  悠輝が不穏なことを口にする。 〈おねぇちゃんの体、こわれちゃうんじゃない?〉 「だよな……  朱理ッ、聞こえるかッ? 朱理!」 「どうしたの?」  琴美でいても、少しは朱理の自我を残すことが出来るようだ。これも紫織の験力のお陰か、それとも叔父と妹が憑依しているせいか。 「おれの身体に移動する。おまえの身体じゃ『鬼』との肉弾戦はムリだ」 「でも、おじさんの脚が……」 「験力を『鬼』との戦いに集中させたかったんだが仕方がない、治癒力を高めるために使えば何とかなる。  それに朱理の身体が壊れたら、声優の仕事はもちろん学校にも行けなくなる。それは困るだろ?」 「そうだけど、おじさんだって……」 「おれはお母さんに押しつけられる家事から解放される。それに、もしおれの身体が壊れたら、お母さんが求道会から介護者を何十人も調達してくれるさ」  確かに遙香なら、介護者というか忠実な下僕を用意させるだろう。 「そういう問題じゃないけど……」  しかし、自分の肉体では『鬼』の攻撃に耐えられないのは事実だ。精神防御は悠輝より上手いかも知れないが、肉体の頑丈さは叔父とは比べ物にならない。 「わかった」 「それじゃ引越だ。行くぞ、紫織!」  叔父が妹の精神を一緒に連れて行くのを感じた。朱理も直ぐに後を追う。 〈いだだだだだだだ……〉  紫織の悲鳴が聞こえると、朱理も右膝に激痛を感じた。 「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」  痛みが引いていく。悠輝が視線を右膝に向けると、傷口がみるみる塞がっていくのが見えた。『鬼』の再生力に負けていない。 「すまない、おまえたちの痛覚を上手くコントロール出来なかった。大丈夫か?」 〈あんまし、だいじょーぶじゃない〉 〈痛いのは幻覚みたいなもんだから、もう平気でしょ? 〉 〈そ-だけど……〉 〈それでも痛いなら、後でマサムネくんに舐めてもらいなさい〉 〈わかったよ、へーきだよ!〉 「よしッ、それじゃ行くぞ!」  悠輝は『鬼』に向かって突進する。胸を貫いている槍を(つか)むためだ。 『鬼』は悠輝の考えを察知したのか、妖力の弾丸を乱射する。 「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ!」  韋駄天真言を唱え悠輝は更に加速した。妖力弾を避けながら懐へ飛び込む。   今だ!  悠輝の手が槍の柄に触れた……と思った瞬間、悠輝の身体がデッキに叩き付けられた。  痛みは感じなかった。叔父が痛覚を遮断してくれていたのだろう。『鬼』が悠輝の手を掴み力任せに倒したのだ。  叔父はかなりの痛みがあるはずだが、験力で強化した腕力で手を引き剥がし立ち上がった。  間髪を入れずに『鬼』が鋭く伸ばした爪で襲いかかる。  避けきれずに服の胸が裂け、血が滲む。  悠輝は『鬼』の両手首を掴み攻撃を防いだ。  口の端から(よだれ)を垂らしながら、『鬼』は魂が砕けるような声で吠えた。 〈ウクッ〉  叔父と妹に影響が無いように精神の盾となる。 「朱理ッ、大丈夫かッ?」 〈なんとか……でも、このままじゃ……〉  両腕は塞がり、『鬼殺しの槍』に触れる事が出来ない。 「このまま験力を注ぎ込む。この距離なら『鬼』に邪魔されず槍に験力を飛ばせる」 〈でも!〉 「どっちにしろ、このままじゃ()られる」  確かにその通りだ、誰かが『鬼』を抑えてくれない限り槍に触れる事が出来ない。しかし、このまま験力を注げば、ロスが生まれて験力が弱まる。   どうすればいいの……  悩んでいる時間は無い。
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