クルーズ船『大日』・後部デッキ

1/1
前へ
/106ページ
次へ

クルーズ船『大日』・後部デッキ

「うぅッ」  刹那は左肩に痛みを感じ、思わず呻き声を上げた。  護法童子の左肩に巨大なオタマジャクシが(かじ)り付いている、万力のような顎の力だ。それだけではない、更に羽のある蛇と巨大百足(むかで)も相手にしている。梵天丸と政宗も複数の魔物と戦っていた。  法眼が救援に来てくれないかと期待していたが、その気配は無い。間違いなく『鬼』の方が大変なのだ。永遠は大丈夫だろうか、悠輝が一緒だが当てになるが頼りにならない。強そうだが結構負けている、むしろ紫織が居る方が安心材料だ。   助けて欲しいけど、そんな贅沢言ってられないわね。 『鬼』と戦っている永遠と紫織、そして悠輝。数百の魔物の相手をしている遙香。その遙香が取りこぼした十数匹の魔物の相手など大したことはないはずだ。特に刹那は護法童子と痛みを共有する以外、ほとんど出来ることが無い。   これで音をあげてちゃ、姉貴づらできないわね。  そう思った途端に腹部に激痛が走り、息が詰まった。 「ザッキー……」  護法童子の腹に杭のような物が突き刺さっている、百足が尖った足を一本飛ばしたのだ。 「キャッ」  今度は首筋に焼け付くような痛みを感じた。蛇が護法童子の首筋に噛みついている。   まずい……  梵天丸と政宗も、自分たちの魔物の相手で手一杯だ。 「ザッキー……」  刹那はもう一度、護法童子の名を呼んだ。   おじさん、あたしに力を貸して……  どうすることも出来ないのは解っている。それでも、刹那は護法童子に近づいて行った。自分が殺されれば、座敷童子も消滅する。本来なら新たな宿主を探すはずだが、そうならないように遙香が調整してしまった。刹那と座敷童子は運命共同体なのだ。   お腹の牙だけでも、抜いてあげないと……  それが出来なくてもせめて(そば)に居よう、座敷童子は刹那にとって大切なパートナーだ。永遠とも違う、自分に力を与えてくれた存在。最期の時は一緒だ。  百足が刹那に気付き、護法童子から身を剥がして彼女に狙いを定める。  護法童子は百足を阻止しようと金剛杖を叩き付ける。  金剛杖を叩き付けられた部分が(だる)()落しのように外れ、百足の頭がある方が刹那に向って来た。  思わず刹那は顔を背ける。  バンッ、と何かが弾ける音がした。 「離れてないと危ないでしょ」  聞きなれた声に視線を夜空に向ける。  空中に遙香が立っていた。 「師匠?」  遙香は溜息を吐いた。 「まさか、こんなに取りこぼしがいたとはね。あたしも修業不足だわ」  そう言うと彼女は両手で印を結んだ。 「オン・キリキリバザラ・ウン・ハッタ!」  金剛軍荼利呪を唱えると、護法童子に噛みついている巨大オタマジャクシと羽のある蛇、そして梵天丸と政宗が戦っていた魔物たちがはじけ飛ぶようにして消滅した。 「なッ?」  あれほど劣勢だったのに、形勢逆転どころか一瞬にして勝利した。気分屋で、当てにはならないが頼りになるのが遙香だ。 「ふぅ、さすがに疲れたわね」  そう言いながら遙香は空中を漂っている。   師匠も空中を歩けるんだ。  まぁ、出来るとは思っていたが、悠輝の姉だけのことはある。 「歩いてんじゃないわよ。わざわざ足場を作るなんて面倒なこと、やってらんないでしょ?」  何が面倒かよく判らない。 「あぁ、師匠は飛べるんですね……」  常識が通用しないことは姉弟そろって一緒だ。 「それより、『鬼』のほうを!」  だが、そんなことを気にしている場合では無い。その非常識さで永遠たちを助けてもらわなければ。 「大丈夫よ、あっちには別の援軍が行ったみたいだから。それにこっちも少し魔物が残っているから、もうひと仕事ね。  まったく、時給も手当も出ないのに」  ぶつくさ言いながら飛び去る遙香を、刹那は呆然と見送った。
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加