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稲本病院・個室
「よう、傷の具合はどうだ?」
一喜が病室の中を覗くと、ベッドの上でノートパソコンに何かを打ち込んでいる悠輝の姿があった。
「もう治ってるよ、なのに退院させてくれない」
「まぁ、普通はあれだけの怪我をして一週間で完治はしないわな」
一喜は苦笑した。『鬼』の爪で腹を刺され、出血多量で内臓にも傷が付いていたのだ、死んでもおかしくない。流石に救急車を呼んで悠輝は手術を受けた。しかし、三日後に体力が回復した遙香が呪術を施したのでほぼ完治したのだ。当然、医師は不思議がり、念のためまだ入院させられている。
「お見舞いだ、フライドチキン、好きだろ?」
「ありがとう! 病院食だけじゃ、物足りなかったんだ」
一喜は病室を見回した。
「いいな、個室で」
「まぁ、金は求道会が出しているからね」
「出させた、だろ?」
悠輝がニヤリと微笑む。
「当然だろ? あいつらが怪我をさせたんだし、戌亥寺とおれのMTBも焼いたんだ」
既に戌亥寺と戌亥神社の再建の資金はせしめ、更にプレハブだった拳法道場は床暖房がある木造建築に、野ざらしだった駐車場は一階が駐車場で二階と三階が『御堂永遠記念館』になる予定だ。因みに焼けてしまった永遠のグッズは、法眼が空を脅して日本中から集めさせている。
悠輝も自分が乗っていたGIANTと同じ年式で同じカラー、しかも状態が非常に良い物を探させている。求道会は最新式でグレードが高いもので間に合わせようとしたが、頑として彼は認めなかった。朱理のMTBに関しては一番値段が高いLivで妥協する代わりに、フレームのカラーをオーダーメイドで朱理の好きな色塗り替えた。これを命じたのは法眼だ。
しかし、これはあくまで一時金で行なっている。求道会は法眼を殺害したのだ。死んだとは言えない状況だが、法眼の肉体は無くなっている。遙香は、まだまだ求道会から搾り取るつもりだ。空はきっと自分が求道会の代表になった事を後悔しているに違いない。
「国会も大変だね?」
悠輝が話題を変えた。
「人ごとみたいに言うなよ」
「人ごとだよ、おれは総理大臣を選べない」
「それは俺も同じだ、野党だからな。だから、そういう事を言っているんじゃない。そもそもの芦屋総理退任の原因だ」
「おれは何もしてないよ、ここで寝てたんだから」
悠輝が入院した翌々日、芦屋寛造は突然記者会見を開き、求道会がテロを画策していたと発表し、更に自分は求道会から資金や組織票を受けていたと発言。他にも、『紅葉を見る会』で支持者を接待したことや、妻の知人に国有地をただ同然に売却させたことなども事実であると認めた。
この会見の内容自体、芦屋は誰にも相談していなかったため各所で大混乱を起こしている。民自党は「殿、御乱心!」とばかりに芦屋を党首から解任し、強引に入院させた。
「俺たちが提出した内閣不信任は否決されたし、今回も国会延長が拒否された。恐らく臨時国会も民自は開かないだろうな」
「臨時国会は、衆参どちらかの四分の一以上が要求したら開かないと、憲法違反になるだろ?」
「いつ開くか、時期が定められていないんだよ。次の通常国会まで開かなくてもいいわけだ」
一喜は皮肉な笑みを浮かべる。
「ほんっとにクズの集まりだな」
「どっちにしろ、来年には衆院選をしなきゃならんさ。問題はこんな民自に、俺たちがなかなか勝てないことだ、情けないよ」
「がんばってくれ。少なくてもおれは応援しているから」
悠輝は励ますように微笑んだ。
「お前も物好きだな」
「おれは権力者が嫌いなだけだ」
厳しい父への反発が悠輝の性格形成に大きく影響しているのだ。
「せっかく遙香が作ってくれたチャンスだ、ムダにしないさ」
遙香からは何も聞いていないが、芦屋の行動は不自然すぎる。今までに起ったことを考えれば、彼女が何かしたのはほぼ間違いないだろう。
本当に恐ろしいヤツだな……
我が従妹ながら、敵には絶対にしたくない。
「兄さん、おれ、お袋のことをだいぶ思い出したよ」
また悠輝は話題を変えた。
「入院している間にか?」
「というか、海と暴走した紫織の精神攻撃を受けてからだ」
悠輝は暴走した紫織の精神攻撃により、母の死の現場を再び視せられたらしい。以前、アークソサエティと揉めたときも同じ様なことがあったと聞いているが、今回はより強力に記憶を引き出されたのだろう。
「そうか……」
良かったな、という言葉を一喜は飲み込んだ。それが喜びだけではなく、悲しみも含んでいることを知っているからだ。どちらがより大きいかは、悠輝にしか判らない。
「ありがとう」
「ん? どうしてだ?」
「この間、お袋のこと教えてくれただろ?」
「大したことは話してないさ」
「でも、兄さんの話もきっと影響している。おれにも母親がいたことは確信できたよ、少なくてもあの爺さんだけが親でないことがわかって良かった」
思わず一喜は苦笑した。
「そうか」
「ああ、本堂や庫裏の再建じゃなく、『御堂永遠記念館』の建設を最優先させているような人間だぞ。慧眼おじさんにも強く言って欲しいよ」
心底ウンザリしたような顔をする。
「あ~、それはムリだな。ウチの親父も孫が出来たみたいだって喜んでいたから」
悠輝は溜息を吐いた。
「そんなことより、御堂さんとはどうなんだ?」
一喜は一番知りたい話題を持ち出した。
「どうって?」
「進展したんだろ?」
「別に御堂は何も言ってこないし……」
「お前から言わなきゃダメだろ?」
「なにを?」
「何をって……」
一喜は従弟の鈍感さに頭を抱えた。
「そりゃ、『付き合ってください』とか『結婚してください』だろ」
「でも、御堂が望んでいないのに……」
こいつはダメだな。
生真面目すぎるのか、恋愛に関しては奥手なのか、刹那との関係はなかなか進みそうにない。長い間放って置いたが、たまには面倒を見てやらないと駄目なようだ。
また、余計な仕事が増えたな。
そう思いながらも一喜の顔には笑顔が浮かんだ。国も身内も色々大変そうだが、少なくても退屈とは無縁で済む。
-終-
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