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クルーズ船『大日』・屋上デッキ
遙香が床に開けた穴から、仏眼が飛び出して来た。
「グヌッ」
闇夜に舞った身体がデッキに叩き付けられ呻き声を漏らす。
父の無様な姿を空は何の感動も無く見詰めていた。
「本当なら、泣きわめいて自分の死を乞わせてやりたいけど、今回はあんたに譲ってあげる。好きにしなさい」
遙香は、空の隣にあるデッキチェアにゆったりと腰掛け、脚を組むと指を鳴らした。乗船している数百人の精神を遙香は操っている、流石に仏眼の相手までは手が回らないのだろう。
「感謝する」
悠輝が仏眼を見据えたまま言った。
「遙香、悠輝……空、裏切ったかッ?」
一喝され、思わず空は身を竦めた。
「なに寝言いってんの? 裏切ったのはオジサンでしょ。求道会を裏切り、そこに身も心も捧げてきた娘の心も裏切った」
給仕担当の信者が運んできたアイスティーを遙香は受け取り、グラスに口を付ける。
「まぁ、あたしはどうでもいいけどね。どっちにしろ、オジサンはここで終わりだから」
「いい気になるな!」
「その言葉、そっくり返してやる」
悠輝が前に進み出た。
「おまえの相手はおれだ」
仏眼が悠輝を睨み付ける。
「いいだろう、まずは貴様から血祭りに上げてやるッ。海の無念、思い知るがいい!」
「爺さんの無念……とは言わねぇよ。だが、朱理と紫織を悲しませたこと、明人の就職先と政宗の家が無くなったこと、そしておれのMTBを燃やしたことは絶対にゆるさねぇッ。
裂気斬!」
験力の刃が仏眼に放たれる。
「フンッ」
仏眼が腕を振り上げると刃が消滅する。
それを予測していた悠輝は既に間合を詰め、仏眼の腕を掴む。
「やることが慧眼と同じだ!」
仏眼は悠輝の腕を逆に掴み返し、デッキに叩き付けようとする。
身体が宙に舞う瞬間、悠輝は仏眼の首に両脚を絡ませた。
仏眼は転がる勢いを利用して立ち上がり、さらに悠輝の脚を外して投げ飛ばす。
悠輝は空中で身体を反転させ、体勢を立て直して着地する。
「オン・バザラ・ダド・バン!」
仏眼が大日如来の真言を唱えると、悠輝が発していた験力が感じられなくなった、遮断されたのだ。
しかし彼はそれを無視して間合を詰め、拳を仏眼の顔面に叩き込もうとする。
「破ッ」
仏眼が法力を放つ。悠輝はまともに喰らい、後ろへ吹っ飛ぶ。
「どうだ、驚いたかッ。法眼と違い、私は呪具に頼らずとも同時に二つの呪術が使えるのだ」
同時に二つの呪術を使う者は珍しい。その為、遮断されていれは異能力による攻撃は無いと悠輝は思っていたのだろう。
「だからどうした!」
悠輝が仏眼に向かい突進する。
「オン・インドラヤ・ソワカ」
雷撃が悠輝を襲う。
咄嗟に立ち止まって躱す。
「オン・インドラヤ・ソワカ
オン・インドラヤ・ソワカ
オン・インドラヤ・ソワカ……」
仏眼が続けざまに雷撃を放ち、悠輝は避け続ける。
「手こずっているわね」
遙香はアイスティーをちびちびやりながら退屈そうに眺めている。
「助けなくていいの?」
「なんで? 別にピンチでもないし、これから面白くなるんじゃない」
スポーツ観戦を楽しんでいるかのような遙香に空は呆れた。現状を理解していないのか。
「それに、助けたりしたら機嫌が悪くなるわ」
遙香と空が会話をしている間も、悠輝は仏眼の雷撃を避け続けている。
「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ!」
唱える真言が変わり、仏眼が視界から消えた。
「グッ」
仏眼が悠輝の腹に拳を叩き込んでいる。韋駄天真言で仏眼は加速したのだ。
悠輝は間合を取ろうと後退した。しかし、験力を封じられた悠輝では、加速した仏眼からは逃れられない。直ぐさま間合を詰められ、目にも留まらぬ速さで突きと蹴りを雨のように浴びせられた。
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