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「みんな、準備はいいか?」
「うん!」
朱理は力強く応じた。刹那と護法童子も頷き、紫織はまた梵天丸と政宗と一緒に「わん」と吠える。
まだ、勘違いしたままなんだ……
「よしッ、梵天丸ッ、政宗ッ、ザッキーッ、行くぞ!」
悠輝は階段を駆け上がるようにして空中に登っていき、それを梵天丸たちが追う。四方向に分れ、一旦『鬼』から距離を取る。
梵天丸と政宗、そして護法童子は『鬼』を三方から囲むように空中に立つ。
彼らの企みに気付いたのか、『鬼』はクルーズ船への攻撃をやめ、護法童子へ向かって拳を振り上げる。
「烈火弾!」
朱理が叫ぶと梵天丸が口から火の玉を吐き出し、『鬼』へ命中させた。彼女の梵天丸に憑依しているため、彼の見たもの感じたものは朱理が体験したものとなり、験力も梵天丸の分が加わっている。その影響もあり、溜めが少なくても破壊力がある烈火弾を放てる。
『鬼』の感心が梵天丸に向いた。ところが、今度は政宗が雷撃を放ち、『鬼』がよろめいた。梵天丸が放った烈火弾より遥かに強力だ。
さすが紫織。
験力の強さが半端ではない。まだまだ未熟だが、頼りになる妹だ。
だが、喜んでばかりもいられない、『鬼』の気配が変わった。先程より俊敏に、明確な殺意を持って政宗に腕を伸ばす。
「破ッ」
法眼が放った験力が『鬼』の背に当たる。
「仏眼、何処を見ている? 御前の兄達はここだぞ、犬と遊んでいたいのか?」
再び験力を放ち、今度は『鬼』の顔面に命中させた。『鬼』は咆哮し、慧眼に向け拳を振り下ろす。
「ジィジ!」
紫織が悲鳴を上げる。だが、慧眼の身体に触れる直前で、『鬼』の拳は止まっていた。法眼が験力の壁で防いだのだ。
「仏眼、『鬼』となっても未熟さは変わらんな」
再び咆哮を上げ反対側の拳も慧眼に叩き付ける。
「まだ解らんのか? 御前では、俺達を斃すことはできん」
さらに法眼と慧眼は仏眼を挑発した。
朱理は頭上に意識を向ける。梵天丸、政宗、そして護法童子が『鬼』を三方から囲み、その中心の遥か上空に悠輝は立っていた。
遙香が造った槍を構え、真言を唱える。朱理の験力も梵天丸を通じて、叔父に吸い上げられていく。自分と梵天丸だけではない、紫織と政宗、刹那と座敷童子、そして空の異能力も、叔父の手にある『鬼殺しの槍』に集積されているのだ。
「ノウボウ・タリツ・ボリツ・ハラボリツ・シャキンメイ・タラサンダン・オエンビ・ソワカ……」
梵天丸の優れた聴覚により、悠輝が唱える大元帥明王真言が聞こえる。
おじさん、早く……
法眼と慧眼は挑発を続け、『鬼』も攻撃を続けている。一見、無駄な攻撃にも見えるが、慧眼の顔に汗が滴るのを朱理は気付いていた。さらに法眼の気配も薄くなっている気がする。限界が近づいているのだ。
『鬼』も気付いている。
仏眼は二人の兄を嬲り殺しにするつもりだ。
「ぐッ」
法眼の気配が消えた。
「お祖父さん!」
今度は朱理が叫ぶ。
『鬼』は止めとばかりに拳を振り上げた。
咄嗟に朱理は憑依を解き、慧眼の前に立ちはだかる。
「永遠!」
刹那の悲痛な声が響く。
『鬼』の拳が眼の前に迫る。
「怨敵調伏!」
悠輝の雄叫びが轟くと、『鬼』の姿が霧散した。
「ハッ、ハァ、ハァ~」
朱理は肩で息をしながら膝から崩れた。
「だいじょうぶ?」
刹那と憑依を解いた紫織が駆け寄る。
「へ、平気……」
朱理は強がって微笑んだ。本当はしばらく立てそうにない。
「朱理ちゃん、申し訳ない」
慧眼が申し訳なさそうな顔で詫びた。表情が朱理や紫織に謝る時の法眼にそっくりだ。
「あの、ジィジは?」
紫織が不安げに尋ねる。朱理も法眼の存在が消えてしまったのではないかと心配だ。
「ちゃんとまだ慧眼爺ちゃんの中に居るよ。少し力を使いすぎただけだ」
「あの爺ちゃんが、簡単に成仏するわけないでしょ。それより失敗したわね」
顰めっ面をして遙香が近づいて来た。
「え?」
何を失敗したのだろう。母に尋ねる前に、悠輝も梵天丸達を伴って、空中から駆け降りてきた。
「済まない、『鬼』を斃しきれなかった」
「えッ?」
次の瞬間、激しい振動がクルーズ船を襲った。
「キャッ」
「うわ!」
「ウッ」
頭が割れそうな程、不快な振動と音に朱理は耳を両手で覆う。しかし、音は多少遮ることが出来ても、振動は直接頭蓋骨を震わせ彼女たちを苦しめる。朱理は勿論、悠輝までも動くことが出来ない。
何これ?
ただ不快で苦しいのではない、背筋が氷ほどの恐怖を感じる。ハッキリとした理由もなく、闇雲に怖れが心に溢れていく。
そんな状況の中を遙香は悠然と横切り、手摺の前に立った。
「裂気斬」
海面に向けて験力の刃を一度に三枚放った。振動がピタリと止む。
「今の攻撃は……」
唸るような声を悠輝が漏らす。
「攻撃じゃないわ、あれは犬笛よ」
遙香が闇に染まる海面を睨んだまま言った。
「どこの犬を呼んだ? 少なくとも梵天丸と政宗はここにいるぞ」
「関東一帯……下手をすればもっと広域の魔物たちよ」
「えッ?」
母の言葉に思わず我が耳を疑う。
「そんなことってあるの? 『鬼』が魔物を呼ぶなんて……」
「すぐに解るわ、朱理たちにも感じられるはずだから」
遙香は朱理に向けた視線を従姉に移した。
「まだ、アイツはくたばっていない。しかも、あんたに決着をつけさせてあげる余裕が無くなった。
今、信者を全員眠らせたけど、『鬼』と魔物たちが攻めてきたら、さすがに眼を覚ますわ。邪魔されると犠牲者を増やすだけだから、あんたが止めて」
「私が?」
「あんたにしか出来ないことよ。あたしも今度は戦わないといけない」
遙香の真剣な眼差しを空は受け止めた。
「解った」
空は背を向けると船内へ向かう。
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