クロ

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 私はメンタルクリニックでカウンセラーの仕事をしている。だから今は正月休みだ。今日みたいな日以外は夕方6時くらいに散歩に行くのだがその時も必ず会う。公園のベンチに座って男の子は考え事をしている。でもクロを見つけるとぱあっと顔を明るくして、クロのはしゃいでいる様子を見ると目を細める。私はその吸い込まれるような笑顔を見ると嫌なことを全部忘れたような気持ちになる。2つ上の彼に振られたこと、二股を掛けられていたこと。男の子の屈託のない笑いに癒される。  1月3日の昼間、クロを連れて公園に行くと男の子は頭を抱え込んで肩を震わせていた。私は挨拶をすることも出来ずクロを連れて途方に暮れた。何かあったのだろうか。だが親しい仲ではないので話しかけるのは憚られる。クロは人間の様子を察知したのか、その日は男の子の傍に行かなかった。私は家に帰って日記に泣いている男の子の絵を描いた。手が震えた。  1月4日の昼間、また泣いていたらどうしようと不安な気持ちで公園に行ったら男の子はクロを見て何て名前の犬ですかと挨拶以外、初めて口を開いた。クロっていうんですと私が言うと「クロ、クロ」と何回も呼んで頭を撫でた。そして「僕が目が見えなくなってもこういう犬が盲導犬になってくれないかなあ」と呟いた。目が見えなくなるって言った。私は心臓が早打ちした。こんな若い男の子が目が見えなくなるなんてことがあるんだろうか。  次の日、公園に日記として使っているスケッチブックを持って行った。男の子の顔をきちんと絵に描いておこうと思ったからだ。クロのリードをベンチに繋いで、ささっと絵を描かせて貰おう。恋愛感情とかそんな気持ちがあるわけじゃない。私は25歳だし、結婚してもいい歳だ。大学生活などの未来のある高校生とは違う。でも目が見えなくなるって一時的なものなんだろうか。永久的に視力を失うのは可哀想だ。
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