クロ

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 私は男の子の前に立って「絵を描いてもいいですか?いえ、絵日記なんですけどね」と、そう言うと男の子はニッと笑った。男の子は焦点が合っていない様に目を泳がせて白い歯を見せる。私は合い向かいにあるベンチに腰かけて顔のスケッチを始める。線の細い小さな輪郭、大きな目、特徴を捉えながら下手な絵を描く。1時間もすると男の子はこちらにやって来てスケッチブックを見た。そして「僕、こんなカッコいいですか?」と言って笑った。私は思わず「見えてるの?」と訊いてしまったからしまったと思った。 「さっきまでは視力検査で眼圧を変えていたから、よく見えなかったんです」 「じゃあ、目が見えなくなるんじゃないんですね」  私はホッとして言った。男の子はううんと首を振る。 「視力なくなるんです。昨日もね、一昨日もね、目が覚めたら真っ白だった夢を見ました。それが現実に起こるんです。僕、怖い。ここに来ることも当分は出来ないし、お姉さんの顔も分からなくなるんですよ」  私は涙が溢れそうになった。こんな若い男の子の視力を奪うなんて神さまは酷い。私は自分の職業を明かす。正直にカウンセリングの仕事をしているのだと言うと男の子はそれで気を許してくれたようだ。ふっと口角があがった。私もつられたように目を細め無言で男の子の手を取って顔を触らせた。手の感触で覚えておいてという気持ちがあった。クロがキューン、キューンと鳴いた。 「手で触るだけで顔の形って分かるんですね」  男の子は目を瞑りながら言った。私はウンウンと頷いた。
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