鈍色の部屋

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鈍色の部屋

 気付いた時には、すでに葬儀場にいた。  周囲には白黒の鯨幕。そして、俯く参列者たちが数人、薄暗がりに並んで立っていた。まるで無機質な、殆ど色のない世界。もう何度も目にした光景だった。  末期(まつご)の水の順番が回ってきて、私は棺の中に横たわる親友と対面しようとした。しかし、棺の小窓は目の前で勢いよく閉じられてしまい、手を掛けてみてもびくともしない。  呆然とその場に立ち尽くしていると、俯いていた参列者たちが一斉に顔を上げ、こちらを向いた。不思議なことに、彼らは皆一様に白い布で目隠しをしている。  私はぎょっとして後ずさった。逃げ出したいはずなのに、身体は動かず、目を瞑りたいのに、瞼はしっかりと持ち上がったまま微動だにしない。  やがて棺がゴトゴトと音を立てて激しく揺れ動き、中からどろりと鈍色の液体が漏れ出した。純白の棺が、みるみるうちに汚されていく。   鈍色の血だまりはじわじわと広がりながら、無数に枝分かれし始めた。やがてそれは蔦のような植物に姿を変え、私の足首に絡みつく。私はバランスを崩し、その場に倒れ込む。パニックになり、必死に両手で引き千切ろうと試みるが、固いツルはきつく皮膚に食い込んで逃げられない。 「誰か!」  やっと出せたのはそんな一言だった。なんの意味もない、無責任な一言。 ――どうして? どうしてあんなこと言ったの?  棺の中から、抑揚のない声で彼女は言う。それは何度も何度も執拗に繰り返され、その度に私は「ごめんなさい」と言おうとするが、首まで伸びた固いツルはギリギリと気管を絞めつける。毎晩毎晩、私の声は喉の奥に詰まったまま、外に出てくることはなかった。   
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