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「ど、どうしたって何が?」
「いや、なんか元気なさそうだなーって」
「えっ」
何とか誤魔化さなくてはいけないのに、ちょうどいい適切な言い訳が思い付かない。会話中に沈黙を作ってはいけないことはわかっている。口籠れば、それが答えになってしまう。
何か、何か喋らなくては……
「もしかして、仕事で疲れてる?」
言い淀んでいると、亜依がちょうどいい答えを出してくれた。そうだ。難しく考える必要なんてない。そんな理由で良いのだ。
「あー、うん。実はそうなんだ。昨日も残業があって……」
私は迷わずその話に乗っかった。完全に嘘つきになってしまったが、そんな自分に内心安堵していた。
「わかるよー。私も最近入ってきた中途の人が役立たずなせいで残業増えてきちゃってさー」
「――えっ?」
一瞬自分の事を言われたような気がして、心臓が跳ね上がった。亜依の言った「役立たず」という言葉に思わず反応してしまう。
「なに、なに? そんなにやばい人いるの?」
亜依の話に、可奈と真央が身を乗り出した。私は自分の耳を塞いでしまいたかった。
「まじでやばい。愛想の悪いおじさんなんだけどさ、もうくだらないミスばっか。そのくせ自分の方が歳上だからって、私や他の若い子達には上から目線で話すんだよね。しかも言ってること全っ然面白くないの。強引にコミュニケーション取ろうとしてる感じ」
「うわー。困ったね。それ、本人気付いてないパターンじゃない? イタいなー」
真央が顔をしかめた。亜依の方も日頃のストレスを吐き出せて気分が良いのか、更に続けた。
「この前は一時間も遅刻してきたんだよ。それでまたミスしてんの。ろくに謝りもしないし、ほんと邪魔なだけ。前の会社でもきっと足手まといだったんだろうね。理英の病院にはいない? そういう『変な人』」
三人の目が私の方に向けられる。私も前の職場ではこんな風に噂されていたのだろうか。あまりの恐ろしさに、飲み込んだハンバーグが逆流しそうになった。
「変な人……は、特にいないかな。患者さんでたまーに困った人はいるけど」
「どんな人?」
興味深そうに亜依が尋ねる。
「うーん。待たされてキレたりとか、八つ当たりとか、かな」
私が言うと、三人は同時に「うぜー」と声をあげた。もちろんそれは困った患者に向けられた言葉だった。
しかしどういう訳か、私はそれが自分自身に向けられた言葉のように思えて、心がじくじくと痛んだ。繊細とは程遠い性格だったはずの私が……
何かがおかしかった。まるで自分が責められているかのような錯覚に陥り、逃げ出したくて堪らないのだ。やがて皆の声がただの音になって頭の中で反響し、現実がどんどん遠のきはじめた。
ただただ恐ろしかった。私はどこでもない場所にたった独りで座っていたのだ。
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