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「お前だって、私と同じような事やって死んだくせに! 私が悲劇のヒロイン気取りなら、お前は何だよ? 『健康な心を持った正常な人間』を演じきれなくなって、独りで潰れたこと忘れたの? 私と一緒にされたくない? よく言うよ。――何だよ『先を越されちゃった』って。馬鹿じゃないの? 私に黙って飛び込むつもりでいたわけ?」
私は立ち上がり、闇に向かって叫んだが、ミサキから返事が返ってくることはなかった。部屋の中はしんと静まり返っているのに、私はしゃべるのをやめることができない。言葉は泉のように湧いて出て、止めたいのに止められない。
「どうしてあんな死に方選んだの? 私への見せしめ? 死ぬ以外の選択肢はなかったの? どうして謝る時間も与えずに、黙って消えたの? もしあの時、ミサキが何か一言でも言ってくれれば私は……私達は、もっとまともなやり方で変われたのに。どうして何も悪くないミサキが、あんな――」
言いかけた時、隣の部屋からドンッと壁を殴る音がした。
あれ……?
あまりにも現実的な音の響きに、一気に酔いが冷めた。これは夢ではなかったのかと思い、思わず腕の皮膚に爪を立てた。
続いて、玄関のインターホンが鳴った。赤くなってヒリヒリする腕をさすりながら、恐る恐るモニターを覗くと、真下に住んでいる中年の女性の姿が映っていた。
「大きな声がしたけど何かあった? 警察を呼ぶ?」
一瞬にして背筋が凍り付いた。自分の声は、全て部屋の外に筒抜けになっていたのだろうか。どこからが夢でどこからが現実なのかわからないのが恐ろしかった。
「騒がしくしてすみません。電話でちょっとだけ口論になってしまって……二度とないように、今度から気を付けますので」
「そう? あなた最近姿を見ないから、ちょっと心配してたのよ。この前は隣の男の人も誰かと揉めてるみたいだったし。ま、何事もないならそれで良いんだけど」
「ご心配おかけしてすみません。私は……私は大丈夫ですので」
適当に考えた嘘で何とか彼女を説得し、帰ってもらった。しかし、一体何人に聞かれてしまっただろうか。想像しただけで消えてしまいたい程恥ずかしくなった。きっと変な奴だと思われたに違いないのだ。
やけに鳥の鳴き声が騒がしいなと思い、時間を確認すると朝の五時半だった。可奈から電話が来たのは夜の九時半頃だったので、あれから八時間近く経過したことになる。それなのに、私に八時間分の記憶はなかった。部屋の中には飲みかけの缶が転がり、絨毯やソファーには見に覚えのない染みができていた。
「何……? これ」
とにかく冷静にならなくてはいけないと思い、散らかった缶をまとめてキッチンへ持っていくと、いつものようにコーヒーを沸かした。酒は駄目だ。私には向いていないと思いながら、とびきり苦いコーヒーを啜り、熱いシャワーを頭から被った。
熱い水流の中で、ふと酒くさいクレーマーのことを思い出し、このまま飲み続けてあんな風になってしまうのは嫌だと思った。そしてそんなことを考えてしまう自分にも嫌気がさし、私は湯をいっぱいに張った浴槽の中に全身を沈め、暴走する思考を遮った。
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