カフェイン

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カフェイン

 のぼせかけながら浴室を出て、ぬるくなったコーヒーに冷たい牛乳を入れ、一気に飲み干した。  とても部屋の中にいる気になれず、気が付くと彗星蘭に足を運んでいた。  本来ならハローワークへ足を運び、何でもいいから仕事を見つけて収入を得るのが普通なのだろうが、考えもまとまらないうちから下手に動くのが恐ろしかった。これから先の人生について考えるだけで、強烈な眩暈に襲われた。  開店直後のためか、客は私一人だけだった。マスターは朝ドラを観ているし、木戸くんにいたってはカウンターで呑気に朝ごはんを食べている。 「お、はあい(・・・)ね」  口いっぱいにサンドイッチを詰め込んだ木戸くんはそう言うと食器を片付け始めた。 「まあ、仕事辞めたから」  聞かれてもいないことを私は答えた。彼はただ一言「ふうん」とだけ返した。予想でもしていたのか、特に驚いた様子もない。  初めて彗星蘭に来たのは、ミサキが死ぬ一年ほど前の事だ。中学時代の友達がバイトを始めたという喫茶店に、半ば強制的に連れて行かれたのだった。  木戸要と名乗るだらしなさそうな茶髪の青年は、ハツラツとしたミサキとは不釣り合いのように思えた。何故この二人が「友達」なのか理解に苦しむ私に向かって、ミサキはただ一言「昔は似た者同士だったんだ」と言った。昔とはおそらく中学時代の事なのだろうが、私は両親の提案でミサキとは違う中学に通っていたので、当時のミサキの事は何一つ知らない。 「昔のミサキについて教えて」  私はカウンターに座ると、何の脈絡もなく突然切り出した。 「ミサキ? そういえば最近来ないね」  木戸くんの言葉に私はどきりとした。そうだ。彼はまだミサキが死んだことを知らないのだ。 「古見さんが来る度に聞こうと思ってたんだけど、何故か毎回聞きそびれちゃうんだよね。元気にしてる?」 「……死んだよ。高三の冬に」  呑気に尋ねる木戸くんに私は冷たく言い放った。ここで言わなければ、一生言えないような気がした。 「死んだ……?」  空気が凍り付いた。彼は想像通りの反応をした。 「――えっと、死因は?」 「自殺」 「どうして」  どうして。  その一言が私に重くのしかかる。どうして。どうしてかって、それは―― 「いや、言わなくていいや。そんなに意外でもない。なんとなくわかるし。とうとうやっちゃったのか」  何かを察したのか、木戸くんはそれ以上追及しなかった。私はそれを良いことに、私の知らないミサキについて質問した。 「ミサキ、中学の時いじめられてたって本当?」 「噂でも回ってきた? 知ってどうするの?」  木戸くんは一瞬だけ怪訝な顔をした。見た目こそおしゃべりそうに見えるが、他人の過去を簡単に喋るほどではないようだった。たとえ、それがもうこの世にいない人間だったとしても。 「別に、話のネタにしようだなんて思ってない。私は隣にいながらミサキを助けられなかった。それどころか、あの子の事を何も知らずに好き勝手言って傷つけた。私のせいで死んだのかもしれない。――あの子は、私が謝る前に死んだ」  熱くなった目頭を咄嗟に押さえる。泣いている自分が気色悪く、受け入れられない。 「今まで深く知ることをずっと避けてきたけど、私は知らなきゃいけない。でないとちゃんと自覚できない。謝るなら、知ったうえで謝らなきゃいけない」  木戸くんは私の言葉に無言で頷くと、静かに語りだした。 「いじめっていうか……まあ、いじめもあったけど、それ以前の問題。学校そのものがクソだった。ガラの悪いヤンキーがのさばってるし、校則はガチガチに生徒を束縛するし、校舎は所々破壊されてボロボロ。俺に至っては先生とちょっとトラブったこともあって、殆ど登校してなかった。でも、ミサキは毎日登校してるみたいだった」  あのミサキが毎日登校? 高校時代は気まぐれに休んでばかりだったのに。   「いつだったかな。俺が久しぶりに登校した日、掃除の時間にミサキに言われたんだよ。『好きな時に休めるなんて羨ましい』って。だから『来たくないなら休めばいいだろ』って返した。確かあれが初めて口をきいた日だったっけ。真面目なミサキのことだから、俺はずる賢いクズに見えたんだろうね」 「そんなに真面目だったの? あの子」 「うん。生徒会長やってたくらいだし。それが原因で変な奴らに目付けられたんだと思う。真面目な人が上に立ったら都合悪いし、自分達より下に見てた真面目ちゃんの言うことなんて聞きたくなかったんだろうね」
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