温かい墓石

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 昼時の彗星蘭にはまばらにお客さんが入っていた。安心したように微笑むマスターに奥の席へ案内され、渚さんは紅茶を、私はホットレモネードを注文した。  私は木戸くんの姿を探したが、今日は休みなのかどこにも姿が見当たらなかった。代わりに見慣れない顔の女性が来て、レモン水を二つ置いていった。  レモン水にレモネードじゃレモン尽くしじゃないかと考えていると、渚さんがおもむろに口を開いた。 「私ね、理英ちゃんにお礼言わなきゃってずっと思ってたの」 「お礼? どうしてですか?」 「あの子が高校生活を楽しく送れたのは、理英ちゃんのおかげだから」  渚さんの言葉が心臓に突き刺さった。確かに、ミサキは毎日楽しそうではあった。けれどそれは、私が楽しそうにしているミサキしか見ようとしていなかったからだ。そしてそんな高校生活を壊したのは、他でもない―― 「違います。違うんです! 私は……ミサキに酷いことを言ったんです」  私は、今まで胸の内に秘めていた全てを渚さんに話した。ミサキと同じ立場にいるような人達を悪く言ったこと、そしてあの人身事故の日にミサキに言ったことを。  渚さんはただ、うん、うんと相槌を打って聞いていた。 「知らなかったとはいえ、すごく軽率でした。私がミサキの事をもっと知ろうとしていたら、他人に対してもっと思いやりを持っていれば、こんなことにはならなかったんじゃないかと考えると、本当に何と言ったらいいか。ミサキがいなくなってすごく悲しいはずなのに、ミサキの為にすることや思うこと全てに不純物が混ざっているような気がしてしまって、だから――」 「待って、理英ちゃん」  そこまで話した時、静かに聞いていた渚さんが突然言葉を遮った。 「まさか、ずっとそんな風に思っていたの……? 自分一人のせいだって」  ぷつりと会話が途切れた。私がおし黙っていると、ウェイターの女性がやってきて紅茶とレモネードをテーブルに置いていった。 「……あのね、そもそもあの子が苦しんでたの、私の責任でもあるの」  渚さんはミルクも砂糖も入っていない紅茶を一口飲み、話し始めた。 「私、ミサキ対してかなり厳しくしてたの。小さい頃から色んな塾や習い事に通わせて、中学の時は生徒会長までやらせたりして。それでいじめられるようなことがあっても、『そんなやつらに負けちゃダメ』とか、『逃げたらきっと後悔する』とか言って、学校に通わせてたのね。自分の学生時代がすごくいい加減なものだったから、同じような教育じゃダメだと思って。ミサキ、最初は『辛い』とか『行きたくない』とか言ってたんだけど、そのうちなんにも言わなくなっちゃった。泣くことすらなくなった。本当はそこで気付くべきだったの。でも私は『もう辛くなくなったんだ』、『強くなったんだ』って思っちゃったのね……」  また、私の知らないミサキが語られている。そう思った。 「安心してた矢先、あの子は自分の太股をカッターで深く切っちゃって、病院に運ばれたの。第一志望の高校に落ちちゃったのがきっかけだったけど、きっと今まで溜め込んできたものが爆発しちゃったんだと思う」 「自傷ってことですか……」  ふと、ミサキが真夏でもスカートの下にハーフパンツを履いていたのは脚の傷を隠すためだったのかもしれないと思った。 「うん。そこでやっと気が付いたの。ミサキは私の想像してる以上にボロボロだったんだって。無理もないよね。すごいストレスを一人で抱えて、戦ってたんだもん。高校に入学してからも夢の中にいじめっ子が出てきて眠れなくなったり、唐突に死にたくなったり、涙が止まらなくなったり……」 「全然、知りませんでした」 「あの子はあまり自分の事を話さないから。後ろ向きな事は特にね。夫や友達は私のせいじゃないって言ってくれるけど、私がそうやってミサキを育ててしまったんだと思う」  自分はミサキについてほとんど何も知らなかったことを、改めて思い知らされた。あんなに近くにいた親友の存在が、とても遠いものに思えた。  
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