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籠の中の加護
「ハヤク シタク シナサイ ハヤク シタク シナサイ」
無機質な声が僕の頭の中に鳴り響く。
せっかく籠っていた安全な暗闇から引きずり出された不快感――僕は目を開けた。
真っ白――目の前を覆い尽くす白い靄。どこかから空気が漏れるような音がする。その空気と共に靄がかすれて行き、やがて透明の向こう側に透明が見える。その透明の正体がコールドスリープのカプセルだと気づいたとき、閉ざされていた透明はゆっくりと左右に分かれて行く。
「ハヤク シタク シナサイ ハヤク シタク シナサイ」
目の前にコンソールが降りてくる。モニターにはヴァイタルサインが表示され、コールドスリープから問題なくたたき起こされたことを示している。
同時にそれは、まもなく戦場に着くことを示していた。
この中で眠っているうちは安全だ。たとえ宇宙船に何か問題が起きたとしても、カプセルは自動的に救難モードに切り替わり、信号を出しながら宇宙空間をさまよい、後続の部隊によって救助される確率は90%台だと、入隊前に軍の広報映像で観たことがある。
ただ、不満があるとすれば、コールドスリープから目覚めるときはだいたい胸糞の悪い夢を見る。一説には肉体的、生物的ストレスから目覚めるとき、人は不快な夢を見るらしいが、いったんコールドスリープが解除されれば、数時間後にはリハビリとメディカルチェックを受け、数日後には戦場に出ることになる。
そこから生還できる確率については、誰も教えてはくれない。
コンソールに手を触れると『起床確認』の文字が現れ、コンソールは目の前から消えた――それは夢で見た“宙に浮いていた鳥籠”を暗示させた。我ながらつまらない夢を見たものだと、ただ、ただ、胸糞が悪くなった。
“識別コードTHX-1138 4EB 起床を確認、復唱せよ”
メディカルチェックだ。僕はオウムのように……いや、九官鳥のように復唱した。
「識別コードTHX-1138 4EB 起床を確認」
僕は、正常だ。
真っ白な戦闘服を身につけ、深遠の闇に悪夢を見る準備は万端だ。
一度戦闘モードに入ったらすべての痛覚は遮断され、恐怖や畏れを感じることはなくなる。目の前の敵をただ倒すことのみに集中できるよう神経系の機能は制御され、夢の中で銃をぶっ放すのと変わらない。
次に目覚めたとき、真っ白な戦闘服が敵の血で染まっているのか、自分の血が滲み出しているのかさえわからないが、それはそれでいい――生きて還ることができるなら。
今は何より腹が減っている。メディカルチェックをパスすれば、事前にリクエストしていたメニューから好きなものを選んで1回だけ食べることができ、飲酒も許可される。
兵士の間でそれを“最後の晩餐”と呼ぶ者もいると聞くが、それはそれで罰当たりでいい。その後の食事はリストバンド型のヴァイタルコントローラーから送られたデータをもとに“食事の最適化”が行われ、栄養やカロリーはもちろん、味や食感も人工的に作られた“完全食”を食べ続けることになる。
血の滴るようなステーキや丸々と太った七面鳥を食べている奴と再会することは少ないように思うが、それはただの思い過ごしなのかもしれない。いずれにしても僕のメニューはいつも決まっている。
合鴨のスモークとワイルドターキー8年をダブルで――僕はそれを、ずっと繰り返して生き延びてきたのだから。
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