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お題『そうだったっけ、覚えてないや』
大学を卒業後、
三年ぶりに会ったお前は、
少しも変わっていなかった。
屈託なく笑う顔も、
よく喋る明るい声も、
入った飲み屋の店員にさえ気を遣う、人柄の良さも、
何もかも、離れ離れになったあの頃のまま。
違和感を覚える箇所があるとしたら、
ちょっと窮屈そうなスーツ姿くらいだ。
「そう言えばさ」
隣で思い出したように声を上げたお前は、ジョッキ半分でもう耳まで赤くなっている。
酒に弱いところも変わっていない。
「お前、卒業式の後、俺に何か言いかけてなかった? ずっと気になってたんだけど、聞きそびれててさ」
あの頃と同じ、真っ直ぐな黒い双眸が俺を見つめる。
邪な俺とは正反対の、眩しいくらい純粋なその瞳を見ていられなくて、
俺は腹の奧で燻る想いに、そっと蓋をした。
「……そうだったっけ? 覚えてないな」
乾いた声で、呪いを解く。
綺麗なお前に、鎖なんて似合いはしない。
縛られているのは、俺だけで充分なんだ。
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