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(一体俺は何をしているんだろうか)
仕事のやりがいなんてすでに無くして跡形もない。
機械のように家から最寄りのスーパーに寄って買った冷めた弁当を片手に歩いていた歩向は、何でもない段差に気づかず転んでしまった。
(一体なんで生きているのだろうか)
趣味も、恋人もなく独りで。
歩向と、落とした拍子に散らばった総菜を避けるように人は過ぎ去っていく。歩向はそんな人たちを眺めながら、起き上がる気力も無くしてしまっていた。
※
ふと脇に視線を向けると、飲食店の合間を縫うように真っ赤な鳥居が立っているのが見えた。「帰らなければ」と二の足を踏んでいた足は、自然と鳥居の方へと向かっていた。
一つかと思っていた鳥居はぴったりと重なっていたのか、くぐると2mと間隔を開けず、また次の鳥居が次々と姿を現す。
「どうぞこちらへお進みください」
歩向が物珍しそうに鳥居を通り過ぎる中、凛とした少女の声が鈴の音のように響いた。歩向はその声に導かれるようにして進む。
時間が経つのも忘れいくつもの鳥居を潜り抜けた先、そこにはぽつんと小さな社があった。
「よくお越しくださいました。私はこのお社の巫女、サクラとでもお呼びください。あなたをお待ちしておりました」
突然耳元で聞こえた声に驚き振り返り見れば、そこには長い黒髪の巫女姿をした少女が立っている。「お社」と少女は言うが、そこには少女の背丈の3分の2程の高さの小さな社しかなかった。
(こんなところに何故巫女が?)
違和感に歩向は何も話せずにいた。
「不敬である」
誰もいなかったはずなのに。また聞こえてきた声に驚き振り返れば、そこには鳥居と狐の石像があるばかり。だがそこには強烈な違和感があった。
石像の首だけが不自然に折れ曲がり、こちらをにらみつけているのだ。
「こんなところまで入り込み、かと思えば呆けたように何も応えない。貴様についた口がただの飾りと言うならば、物言わぬまま食べられても文句はあるまい」
理解が追い付かない事態に、口をパクパクと動かすことしかできなかった歩向を見て、可笑しそうにサクラは笑った。
「そんな意地の悪いことを言うのはおやめなさい。折角来てくださったのに、こちらこそ失礼ではありませんか」
「しかしサコの言うことももっともでしょう。このような奴、役に立つかどうか」
先ほどとは違う狐の石像が、吐き捨てるように言った。その目線は見下すように高くから歩向に向けられていた。
「・・・一体何なんだよ」
歩向はそうつぶやくと、へなへなとその場に座り込んでしまった。
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