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第28話 キング、怒る
屋台の主と思われる主人が膝をついてガックリと項垂れていた。流石にちょっと気の毒かもしれないと横目で見つつ思うキングだが、あのエルフの少女の魔法が見事に外れたことで、人質をとっていた男が激昂した。
「て、テメェふざけやがって! この餓鬼ぶっ殺してやる!」
「い、いや、いやぁあああああ!」
「ま、待ちなさい!」
「うるせぇ!」
「待て!」
そこで遂にキングが声を上げた。子どもを人質に取っている男は明らかに興奮している。このままあのエルフの少女に任せていては火に油を注ぐ結果になりかねない。
だからここはもう自分が出るべきだろうと考えた。ボールは既に蹴球球に変化している。
「あぁ? なんだおっさんは!」
振り返り、男が誰何してきた。それにコホンっとキングが咳きし。
「私は……通りがかりの球技するおっさんだ」
「はぁ?」
ここで素直に冒険者などと名乗ろうものなら男が何をしでかすかわからない。だから相手を油断させるためにそう名乗った。
幸いなことに、男はキングの言っている意味がよくわからなかったようで、若干戸惑っている。
「よ、よくわからねぇが、な、なんだその蹴り転がしている妙なもんは!」
「あぁ、これかい? これはボールと言ってね。俺の友だちなんだ」
「はぁ~?」
男が目をパチクリさせる。そして顔を顰めた。こいつ、ヤベェ! と思ってそうな雰囲気もある。
「そうだ、君に一つ面白いものを披露しよう」
「面白いものだって?」
「そう、みたまえ」
すると、キングが足を器用に使ってボールを頭上に蹴り上げた。
「て、テメェおかしな真似を!」
「大丈夫、ちょっとボールでリフティングするだけだ」
「は? リフティング?」
聞き慣れない単語の連続に男は戸惑った。その時である。
「ミラージュリフティング!」
「え? 嘘!」
「球が、三つになったわ!」
人質を取られている奥さんとエルフの美少女がほぼ同時に叫んだ。そう、確かにキングが浮かしたボールは三つに分裂していた。
これはキングが読んだスポ根漫画である『キャプテン?妻さ!』の中で主人公の妻沙が得意とした技でもある。
この漫画は夫が所属するサッカークラブが連敗続きで解体されそうになり、それを救うため女子サッカーチームで伝説とされる選手だった妻が正体を隠して男として夫のサッカークラブに所属して活躍しそして遂にはチームのキャプテンとなり勝利を重ねていくといった内容だった。
その際に見せた技がこれであり、作中ではサッカーボール大のおっぱいを、リフティングするボールに合わせて揺れ動かし相手にサッカーボールが三つに増えたと錯覚させて惑わし、パスやシュートを決めていくと言ったものであった。
なお作中では何度もこの大きな胸のおかげで正体がバレそうになるが、筋トレのしすぎで大胸筋が発達しすぎちゃったのなどと言って上手くごまかしていたわけだがそれはまた別の話である。
ちなみに、当然だがキングはそのような大きな胸を持ち合わせていないので高速でボールを振動させることでこの技を再現している。
そして人質を取った男の目が分裂するボールに釘付けとなり――なんと幻惑され目を回した。
「あ、目眩が――」
「今だ蹴弾!」
「グベッ!」
キングは男が目眩を起こしたその瞬間、ボールを蹴った、それは見事男の顔面に命中。捕まえていた子どもを手放しそのままゴロゴロと転がっていった。
顔面に当たり跳ね返ったボールはキングが器用に胸でトラップ。そして顎を擦りながら、ふむ、と口にし。
「中々見事な顔顔カウンターであったな。こんな真似をしなければ球技を扱えたかもしれないというのに」
そう続けるのだった。ちなみに顔顔カウンターは『キャプテン?妻さ!』の中で妻沙の夫が得意とした技でもあり、顔面で相手のパスなりシュートなりを邪魔してカウンターに持ち込むといった物であった。
「ママ~!」
「あぁ、良かった……本当にありがとうございます」
「いえ、冒険者として当然の事をしたまでです」
「まぁ冒険者なのですか通りで」
「テメェら何和気あいあいとしてやがる!」
「む、まだ起き上がるか」
「キュ~……」
母子にお礼を言われるキングであったが、人質を取っていた男はまた立ち上がった。本気でやるわけにもいかず手加減したというもあるが、しかし人質もいなくなったというのにまだ強気なものである。
「お前はどうしてこんな真似をしたんだ?」
「んなもん決まってるだろうが! 世の中が悪いからだよ!」
「世の中?」
「そうだ、たくよぉ、うちのクソババァ、いい加減働け働けうるせーうえ遂に家から追い出しやがってよぉ! 働かないことの何が悪いってんだ!」
「……お前、何歳なんだ?」
「40歳だよ! それがどうした!」
なんとキングより歳上であった。
「普通は成人を迎える15歳にはもう働いているものだぞ? 母親の言っていることに間違いはないと思うが?」
「黙れ黙れ黙れ! 俺はこんなクソみたいな世の中に革命を起こすんだよ!」
「そのナイフ一本でか? 流石に無理だと思うぞ?」
「キュ~……」
男の言動にはサッカーボールと化しているボールもどことなく呆れ模様である。
「馬鹿が! 俺がナイフ一本だけでこんな真似するか! いざというときのためにこの広場には魔法爆弾が埋めてある! しかももうすぐ爆発だ!」
「ば、爆弾だって!」
「うそ!」
「いや、嘘に決まってんだろ? 絶対ハッタリに決まってるよ」
「待て! 少し静かにするんだ!」
周囲にはいつの間にか騒ぎを聞きつけてきた人々が集まってきていた。ナイフを手にしながら男はヘラヘラと笑いながら立っていてキングにはそれが気になっていた。
周囲の喧騒が止み、キングは耳をそばだてる。
「へへ、そんなことして見つかるわけが……」
――カチ、カチ、カチ……。
「そこだ! ボール!」
「キュー!」
ボールがあっという間にラグビーボールに変化、キングはそれを抱きかかえダッシュ、かと思えばそこから飛び上がり。
「ウォオオオォ! 土落威!」
そうトライを決めたのだ。これはタックルウォーズで覚えた技。タックルウォーズは作中の9割がタックルで占められていたが当然得点を取る時にトライがある。そしてこの漫画ではトライと同時に地面が大きく陥没するというとんでも描写が話題でもあった。
勿論、それに倣いキングのトライでも、地面が大きく陥没! すると地面の中から埋もれていた魔法爆弾が出現した。
「ほ、本当に爆弾だ!」
「むぅ、あと3秒か」
「そんな、間に合わないわ!」
「ははは、そうさ、みんな、みんなここで死ぬのさ!」
エルフの少女が緊迫した声を上げ、周囲から悲鳴が上がり、男は狂ったような声で笑い出した。
だが、キングの目は諦めていない。
「まだだ! ラグビーのドロップキックをここで決める! ウォオオォオオォ!」
残り時間は1秒であった、するとなんとキング、魔法爆弾を思いっきりキック、これはタックルウォーズでみた技。ほぼタックルの漫画でもあったが仲間にはキックの天才もいて彼のキック成功率は100%であった。そしてドロップキックはより高くより遠くへ蹴り上げるキックであり、キングが蹴りを放った瞬間爆弾は空に向けて吹っ飛んでいき――
――ドゴォオオォオオォオオオオォオオン!
空中で魔法爆弾が盛大に爆発した。それを見上げ、間に合ったか、とキングは胸をなでおろした。周囲の人々からも安堵の声が漏れる。
「そ、そんな、馬鹿な、俺の爆弾が、折角苦労して購入したのに……」
「貴様ァアアアァア!」
「ヒィッ!?」
キングの怒声が広場に響き渡った。男が悲鳴を上げたじろぐ。キングは怒りの形相で男に近づいていった。
「最初から貴様これが狙いだったな! 人質を取ったのも、騒ぎを大きくして人を集めようとした! そして爆発に巻き込もうとした!」
「だ、だから何だよ、最後にお、おれは、伝説を残そうとしたんだ、俺だってやればできるってことをさぁ!」
「ふざけるなァ!」
キングは拳を強く握りしめた。男はわなわなと震え、情けない声で問う。
「お前、な、何をするつもりだよ」
「俺は今からお前を殴る!」
「ひ、ひぃ、誰か助け――」
「歯を食いしばれ!」
「ヒッ、グベラァアアアアアアアァアア!」
キングに恐れ慄き逃げ出そうとする男であったが、しかしキングは回り込み、宣言どおりその鉄拳を振り抜いた。
その結果、肥えた男の体が宙を舞い、ぐるぐる回転しながら地面に落下、ピクピクと痙攣し、白目をむいて泡を吹いたまま意識を失っていた。
「この、親不孝者が」
「キュ~……」
悲しい目で呟くキング。そしてこの暫く後、騒ぎを聞きつけやってきた衛兵の手により、男は連行されていくのだった――
作者より
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