第34話 ウィンへの勧誘

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第34話 ウィンへの勧誘

 一方ウィンはギルドを飛び出した後、一人町をトボトボと歩いていた。 「はぁ……勢いで出てきちゃったけどどうしようかな――」  今後のことを思うと色々と不安になる。そう、ウィンにはわかっていた。自分の魔法が冒険者として足を引っ張っていることに。  そもそもウィンがわざわざ生まれ故郷を捨てて人の町で冒険者としてやっているのも魔法のことがあったからだ。エルフという種族は基本閉鎖的で自分から故郷を離れることは少ない。  それにかつてエルフは人間に狙われる立場にあった。エルフは人より寿命が長く魔力も高い。その上男女ともに見目麗しい。そのため奴隷としての価値が高かったのだ。  尤もそれも昔の話。かつて異世界からやってきた勇者の活躍と改革によって今では奴隷制度も犯罪者を対象とした刑罰として残っているだけである。  そのため決して多くはないが彼女のように故郷から出て旅して回るエルフもいるはいる。そしてエルフはその特徴から冒険者になりたいと言えば手放しで歓迎される事も多い。  ウィンもそういった経緯で冒険者になったのだが、現状はギルドにとっては期待ハズレもいいところといった評価であろう。そしてそれは彼女自身がよくわかっていたのだが。 「大体何よ! 皆して弓弓って! エルフは魔法なきゃ弓が使えないと駄目なわけ? そりゃ弓が得意なエルフは多いけど、苦手なエルフだっているのよ!」  ぷりぷりと憤り、自然と口から愚痴が零れ落ちた。彼女とすれ違う人は一度はその美しさに目を奪われるが、一人愚痴りながらプンスカ腕を振り回す姿に「あ、残念なエルフだった」と苦笑する有様である。 「うぅ、でも、やっぱり戻った方がいいかな……もう、持ち合わせもないし……」  そう、ウィンにとって切実な問題。お金がない。色々と失敗が重なったこともあり、ここ最近は全く収入がなかったのである。しかも昼間の食事も怒りに任せて途中で出てきたので禄に食べていない。  く~と可愛らしい音がお腹から届いた。ウィンはローブのポケットを弄るが出てきたのは銅貨が僅か2枚であった。これではリンゴ一つ買えない。そして当然だが宿を取ることも出来ないのだ。 「薬草採取でもしてこようかな……」  エルフは森とともに生きてきた種族だ。だから植物には詳しい。F級だったころも最初は薬草採取で稼いだものだ。これなら魔法も必要ない。  ただ薬草採取は乱獲を防ぐため、ギルドで依頼を請けなければ採取できない。勝手に薬草を採取するような行為は下手したら罪に問われる。  ウィンはギルドから依頼を請けず飛び出してしまった。そうなるとやはり戻るべきか、でも今更引き返すのも格好が付かないし、と頭を悩ますウィンなのだが。 「君、ちょっといいかな?」  ウィンが逡巡していると、ふと声を掛けてくる人物。目を向けるとそこに立っていたのは赤茶色の髪を短く纏めた青年だった。  端正な顔立ちをしており、一見すると好青年っぽくもある。そして彼の後ろには三人の男女の姿もあった。  ウィンは突然話しかけてきた相手に胡乱な目を向ける。そこはやはりエルフであり警戒心が強い。 「何? 私に何か用?」 「おっと、そんな怖い顔しないでくれよ。俺はビル(・・)。こっちは俺のパーティーメンバーさ。実は俺たちも冒険者でね」 「ふ~ん……」  ウィンは気のない返事をする。だから何? といったところだ。別に相手が冒険者だからとすぐに信用できるという物でもない。 「それで何? 用がないならもういくけど?」 「おいおい、用がないのに声を掛けたりはしないぜ?」 「もう、そういうこと言わないの。ごめんね、こいつら悪人顔だし警戒しちゃうよね?」 「ケケケッ、こいつらって俺も入るのかよ?」  怪訝な顔を見せていたウィンだったが、ビルと名乗った青年と一緒にいた三人も言葉を発してきた。  最初に口を開いた男は角張った顔をした男で肩幅が広い肉体派。いかにも戦士と言った様相で鋼鉄の鎧と角つきの兜を身に着けていた。  女の方は太ももが顕になるほどのスリットが入ったローブを身にまとっていて、三角帽子を被り杖を手にしている。いかにも魔法使いといった出で立ちだ。顔は美人の部類に入るだろうが化粧は濃く感じられた。ウィンとしてはあまり心象は良くない。エルフは化粧を好まない種族であり、そんなものに頼らなくてもきめ細やかで上質な天然な柔肌だけで十分なのである。  最後の一人は痩身で小柄な男だった。ケケケッと妙な笑い声を上げる男だ。癖のある顔をしている。 「私たちエルフは元々警戒心が強いのよ。昔は人間に狙われて奴隷にされたりしたからね」  ウィンは三人に向けてはっきりと言った。彼らに対して拒否感があると示したようなものである。 「はは、それは酷い。でも昔の話だよね。エルフの寿命で言っても二世代は昔の事なはずだ」  エルフは寿命が人間より長く平均寿命は160歳程度とされる。ドワーフも寿命が長いとされるがドワーフの平均寿命は120歳程度なのでエルフはそれより更に長いこととなる。 「たしかにね。だからこそ、私みたいに人の住む街に下りてくるエルフもいるんだけど」 「はは、そう、だからこそ俺も君にこうして話しかけている。君を勧誘するためにね」 「勧誘?」  ウィンが小首を傾げる。まさかここにきてそのようなお誘いが来るとは思っても見なかったのだろう。 「そう。君が受付嬢と話しているところをたまたま目にしてね。全く酷い話じゃないか。それに君が他のパーティーから追放された事も知っている」 「……だったらどうして私に声をかけるのよ。そこまで知ってるなら私が受付嬢に小言を言われていた理由も、どうして追放されたかも知っている筈でしょう?」 「えぇ、勿論知っているわ」 「あぁ、お前、魔法が苦手なんだろ?」 「すぐに暴走させて依頼も失敗続きだってな。ケケケッ」 「何、馬鹿にしてるの?」  苦い顔を見せるウィン。そこまで知っててわざわざ話しかけてくるということは、往来で笑いものにでもする気なのかしら? とより警戒心を強めるが。 「勘違いしないでくれ。俺たちは君を追放したような疎かな連中とは違う」 「え? 疎か?」 「そう、疎かさ。君ほどの魔法の才能に溢れたエルフを、あっさりと見捨てるなんてね」 「……でも、それは私が魔法を制御出来ないから……」 「それよ。それが大きな間違いなの」 「え? 間違い?」  女魔法使いの言葉にウィンはピクリと反応してみせる。 「そうよ。貴方はただ魔法の制御が出来ないだけじゃない。それがわかってるんならパーティーの誰かが教えてあげれば良かったのよ。制御できるようになる方法をね」 「制御出来る、方法? そんなのがあるの!?」  ウィンが話に食いつく。すると彼女はうふふ、と笑顔を見せ。 「勿論あるわ。でもここだとちょっと目立つからついてきてもらっていい?」 「わ、わかったわ!」  エルフは警戒心の強い種族、なのだが魔法に関してはウィンが物心ついてからずっと悩んでいたことだった。それが解決できると聞いてつい浮足立ってしまったのだろう。 「この辺りでいいわね」  四人についていき、ウィンは人気のない場所につれてこられてしまった。流石のウィンにも不安が見られる。 「こ、こんなところに連れてきてどうするつもり?」 「大丈夫よそんな警戒しなくても。言ったでしょう? 貴方の悩みを解決してあげるって。はいこれ」 「え? これは腕輪?」  女魔法使いが取り出したのは一つの腕輪だった。ただ、普通の腕輪ではなく、何やら術式が刻まれている。 「これは魔力制御の腕輪よ。俗に言う魔法の装身具ね。この腕輪をつけると貴方みたいに魔法の制御が上手く出来ない魔法使いでも上手く魔法を扱えるようになるの」 「え? 本当! そんな腕輪が本当にあるの?」 「えぇ、まさにこれがそれよ。これを貴方に上げる」    そう言って彼女が腕輪を差し出してくる。ウィンも思わず手を伸ばしそうになるが、ピタリと止め。 「ちょっとまって、そんな貴重そうな腕輪、どうして私にくれるのよ?」  そう、疑った。ウィンは人の親切を手放しでは喜ばない。キングのときもそうだった。尤もキングの時は本当にただの親切心からであったが、それは実はかなり稀なことだ。多くの人間は何かを施す時見返りを求める。 「勿論、俺達だってただで譲るわけじゃない。言っただろう? 俺たちは君を勧誘しに来たって。この腕輪は俺達のパーティーに加わってくれるという前提で渡すものだ」 「パーティーに、加わる。貴方達の仲間になれってこと?」 「そういうことね。それが最低条件よ。ただ、だからってずっと縛り付けるってわけじゃないわ。そうね、最低でも1ヶ月は一緒にいてほしいけどそれから先は貴方の自由よ」 「おい待てよ、そんなこと勝手に決めるなよ」 「ケケケッ、1ヶ月は短すぎだろ?」 「そうだぜ。流石に1ヶ月は……」 「おだまり! この子はね、つい最近もパーティーから追放されて傷ついているのよ。それなのに無理やり縛り付けるような無茶は出来ないじゃない。それに、だったら私達がずっと一緒にいたいと思えるよう信頼を築けばいい。そうよね?」  女魔法使いが優しく笑った。聞いていた三人も、仕方ねぇな、と嘆息する。 「……1ヶ月でいいのね?」  上目遣いでウィンが聞いた。パーティーに加わるという点についてはウィンにも迷いがあった。それはちょっとした出会いに起因する迷いであったが、それでも1ヶ月一緒にいるだけで魔法の制御ができるようになるなら安い話かもしれない。 「大丈夫、その代わり、1ヶ月もいたらもう離れたくない! て思っちゃうかもだけどね」  ニカッといい笑顔を彼女が見せた。信じてもいいかもとウィンは思っていた。 「そ、それなら付けさせてもらうわ」 「はい、なら交渉成立ね」  そしてウィンは彼女から腕輪を受け取り、若干ドキドキしながらも、それを腕に嵌める。途端に腕輪の術式が輝き始め、かと思えば腕輪が強く食い込むように締め付けてきた。 「痛っ! え? ちょっとこれ、凄く締まって、これじゃあ外せない……」 「引っかかったねバ~カ」 「――へ?」  疑問の声を上げるウィン。だがそんな彼女に顔を近づけ女魔法使いがそんな事を言った。ウィンは目をパチクリさせ、直後黒目が揺れた。 「ケケケッ、まさかこんなに簡単に引っかかるとはな」 「これで高く売れる奴隷を一つゲットだな」 「え? 奴隷、な、なにそれ! 何を言ってるのよ!」 「は、まだ気づかないのか? その腕輪は隷属の腕輪。身につけた相手を奴隷にする腕輪だよ。お前はもう俺たちに逆らえないってことだ」 「そ、そんな、そんな――」    嵌められた、とウィンは気が付き、後悔した。そしてそんなウィンを目の前の冒険者達は嘲笑うのだった――
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