バケモノ博覧会

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 ***  一体どれくらいの時間が過ぎたのだろう。スマホを確認しようとした私は、どうやらそれを車の中に忘れて来たらしいことに気づく。腕時計は元々気になってしまってつけない主義だし、建物内には時間を示す時計の類はなかった。そろそろトイレに行きたくなってきた頃合ということを考えても、二、三時間経過しているのは間違いないだろう。最後の展示の部屋を見たところで、私は彼に告げた。 「あの、本当に今日はありがとう。こんなに面白いものが見られるなんて思ってもみなかったわ。写真は禁止されるかと思ったら、そうでもなかったし」 「ご満足頂けたのでしたら、何よりです。私どもも全力でサービスさせていただいた甲斐がありました」 「最後までしっかり解説してくれて助かったわ。えっと、おトイレを借りたいんだけど、何処にあるかしら」 「ああ、それでしたら」  彼はとことこと深緑色の廊下を進んでいく。どうやらその場所まで連れていってくれるところらしい。しばらく進むと、赤いと青のトイレのマークがついているドアが見えてきた。 「あ、ありがとう!ちょっと行ってくるわね」  少々切羽詰まっていた私は、彼の言葉を聞くよりも前にドアに手をかける。勿論、女の子の赤いマークがついている方のドアだ。さっとノブを回して、手前に引き開けた次の瞬間。 「え!?」  私は、眼を剥くことになるのである。  ドアの向こうは――真っ黒な、闇。まるで液体のようにどっぷりと詰まったような濃い闇が広がり、見慣れたトイレの光景はどこにもなかったのだから。 「ああ、大変申し訳ありません、本間様」  驚く私の横から、彼の声が飛んでくる。 「いつも必要がないもので、トイレをきちんと“作って”おくことを忘れておりました。……でもまあ、ご安心ください。もう本間様にも“そのような行為”は必要なくなりますから」  全身から、血の気が引く思いがした。慌ててトイレのドアを締めると、先ほど入って来たはずの玄関の方へと走っていく。自動ドアの向こうには、深い森を背景に殺風景な駐車場が広がり、自分のベージュの軽自動車が停まっているはずだった。それなのに。 「う、嘘、でしょ……」  外に飛び出して、思い知る。そこに広がる光景は――真っ暗に澱んだ空と、どこまでも続く荒野という風景だった。ひび割れた大地に枯れた木々が時々点在するばかりの、どこまでも先の見えない地平線。現代日本とは思えない――むしろ、現実の世界とは到底考えられないような景色が広がっている。 「お客様」  背後から、ゆったりと声がする。 「私は申し上げませんでしたか。この施設にいるのはすべて……“バケモノ”だと」 『この館内にいるものは、お客様を除けば全て“バケモノ”と呼ばれるものです。人として生きることが叶わぬ哀れなバケモノ、そもそも生き物としての定義に当てはまるかもわからぬバケモノ、その種類は非常に様々ですね。例えば……』  ああ、どうして、気づかなかったのか。この館内にいるものは私を除き全てバケモノ、ということは――案内人である彼もそこに含まれるということに。  私は恐怖に凍りつき、後ろを振り返ることができなかった。聞きなれた東雲の声が二重、三重にも反響して響く。ざわざわと、まるで多くの人がざわめくような声が迫ってくる。 ――嘘でしょ、ねえ、嘘でしょ……!?  こんなはずでは。私はただ、怖いものや恐ろしいものを傍観者として見つめたかっただけ。何も自分がその主人公になりたいなんて、全く望んでなどいなかったというのに。  あるいは、それそのものが罪だったというのか。愚かさゆえに不幸になった人間達を安全圏から眺め、その不幸に寄り添うこともなく面白がって笑おうとした、そのツケが今ここで回って来たとでも。 「ご来場頂き、誠にありがとうございました」  声が、聞こる。  私の首の、すぐ後ろから。 「貴女様はどんな“バケモノ”になりますかねえ?」
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