バケモノ博覧会

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 まさか、コレは喋るのか。私はますます興味が湧いてくる。口らしきものはないが、それも肉のどこかに埋没しているのだろうか。あるいはあるいは、テレパシーのようなものでも使って会話するのか。是非とも聞いてみたいところだが、東雲にそれを頼むのもきっと難しいことだろう。  赤ん坊になれなかったもの、なのかもしれないし。そうではないのかもしれない。いずれにせよ最初に見るものとては十分インパクトがあった。 「次に行ってもよろしいですか?」 「え?ええ……」  おっといきない。完全に固まってしまっていた。展示品はまだまだ存在するのである。一つ目だけでこんなに時間をかけていたら、全部回るまでいくら時間があっても足らない。  私は名残惜しい気持ちで肉塊の傍を離れた。次に案内されたのは、先ほどとは打って変わって縦に細長いケースだ。円柱の形のガラスケースは、天井にぴったりくっつくほどの高さまで伸びている。広さは、成人女性である私が両手を高く上げれば入れるかもしれない、といった程度だろうか。  中にあるのは、一本しかない腕を天井に向けてながーく伸ばした――人型にも見える、謎の物体だった。何故謎の、がつくのかといえば。そいつは全身が、うねうねと蠢くウジ虫のような黒い触手に覆われていたからである。顔の部分はまるで猿のよう。唯一人に近いと言えるかもしれなかった。ただ、その目玉は真っ赤で白目部分がなく、ぎょろぎょろごろごろと絶え間なく動くのでまるで人間味というものがなかったが。 「これは、あの“腕”が肝心なのです」  案内人はにこやかに説明してくれる。 「届かないものを、他の誰から奪ってでも追い求め、伸ばし続けることに執念を抱いた結果。彼は“バケモノ”となり、腕を伸ばしていなければ謎の恐怖に溺れて暴れてしまうようになりました。己のもう一本、左腕を自らの右手で引きちぎってしまうほどにね」 「だから、右腕はあんなに長いのに、左腕はないのね……」 「そうです。そして己の毛穴からさえも溢れる欲望を止めることができず、欲の塊を触手として吐き出し続ける存在に成り果てました。眼は常に、己を追い落とそうとする者達への不安から動き続け、新たな糧と邪魔者を探し続けて運動し続ける。よって彼は、極めて人に近い脳を持っていながら、けして眠ることができないのです。あのガラスケースから出ることもね」  なんとなく察していたが。先ほどの肉塊といい、この腕を伸ばした怪物といい。もしや此処にいる“バケモノ”は殆どが元々が人間だったということなのだろうか。  ごくり、と私の喉が鳴った。これだ、と思ったのである。私が生まれて三十六年、追い求め続けてきたものはまさにこの施設の中にあると。人が、その愚かさゆえに転じる“バケモノ”。これ以上に恐ろしく、愚かしく、醜く、目を奪われるものがどこにあるというのか。 「……あの、悪いんだけど」  他にお客もいないようだし、問題ないだろうと私は口を開く。 「できれば。……全部の展示の解説、やってくれない?」  最高のバケモノを見ながら、美しい青年を従える。こんなシュチュエーション、味わう機会など滅多にない。あとはここに日本酒でもあれば、もっと最高だったのだけど。
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