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 ヒコの周りには、人が集まる。  それは、ヒコの持つ特殊な能力のせいだけれど、いい人も来れば、厄介な人も来る。  けれど、今回は、いい人に巡り会ったようで少し安心した。  久しぶりにヒコと再会したが、すぐに別れた。  相変わらず、頼りない弟だ。  心配な気持ちはあるが、側に居るだけが助けになるとは限らないので、また、私は旅に出る。  22時38分。  本来なら、電話は控えるべき時間だが、アイツなら関係ない。  「もしもし、瀧ちゃん!こんな時間に僕の声が聞きたくなった?」  コール音が鳴る間もない速さで、出るところが気持ち悪い。  「お蚕様のブレスレットを一つ、至急用意して欲しい。色は、とびっきりカラフルに、若い女の子が身につけても違和感が無いようなものを。」  挨拶もせずに用件だけを告げる。  「誰にプレゼント?ヒコの彼女?」  相変わらず、勘だけは鋭い。  「彼女ではない。未熟なヒコを助けてくれる存在だ。」  長身、痩身、何故かギャルメイクな未來を思い浮かべる。  「分かった。ヒコの所に届ければいいかな?」  「そうしてくれ。住所は…。」  私は先ほど挨拶に伺った水田さんの住所を告げた。  素朴で温かい、とてもいいご夫婦だった。そして、優しいおばあさんだった。  「瀧ちゃんが繋げてくれた『Six』の企画。面白そうだからこっちからも色々提案しようと思ってるんだ。形になったら、瀧ちゃんがモデルをしてね。」  加々美コーポレーションのカタログモデルを時々勤めているが、それは私が一番嫌いな仕事。この幼い容姿に似合う着物は少女用の可愛らしい物ばかり。それも、全部アイツが選んだもの。  今度はどんなロリコン写真を撮らせる気だ。  気持ち悪い。  「断る。身売りをする時は、金が底をついた時だけだ。」  「え~。そんな事言わないで、もっと顔見せに来てよ。瀧ちゃんが来てくれないと、僕が会いに行っちゃうよぉ。」  気持ち悪い。  私は挨拶もせずに電話を切った。  業界最大手、老舗呉服屋加々美コーポレーションの社長、加神京祐(かがみきょうすけ)の真の姿がこれだと、世間が知ったら、ブランドイメージも地に落ちる。  大きくため息をついて、この暑い中、体中に立った鳥肌を押えるように腕をさすった。    姉の計らいで、大学を卒業するまでは、坂本さんの所で修行をさせてもらえることになった。  でも、まだまだ未熟なので、未來ちゃんの手を借りることも多そうだ。  富江さんは、もう少しだけ待ってもらう事にした。  水田さんの嫁いだ娘さんに、もうすぐ赤ちゃんが産まれるそうだ。ひ孫の顔を見てもらいたい。これは、俺の勝手なおせっかいだ。  翔太君はまだ、ここに留まることを望んだ。この道が安全にならなければ、逝けないそうだ。未來ちゃんに翔太君の存在を話してしまった事を誤ると、恥ずかしそうに笑った。  「未來は強いけど、俺が守るんだ。」そう言った顔は、頼もしかった。  大学は夏休みに入り、朝から水田さんの手伝いに精を出す毎日。  田んぼの草刈りや、野菜の収穫。自然が醸し出す癒しのエネルギーに触れていると、身体に溜まった闇が汗と共に流れ出て行くようで、体の疲労は逆に心は軽く、朝の目覚めが今までで一番良いように感じる。  祖母が亡くなって、姉と別れて。  一人で大学に通うようになってから、初めて味わう、温かく充実した日常だった。  癖の強い大人達に囲まれて、少々強引な優しさに触れて、「俺は一人で生きているわけでは無い。」と実感した。  この人たちの幸せを、守りたいと思った。    夏休みに入ってもいつも通り、朝から補習授業だった。  特別進学コースのクラスは、夏休みも無い。  今のところ、志望校は合格圏内だ。  先生の都合で早く午後の補習が終わり、一人帰路についた。  帰りに、花屋で青い花を買う。  信号の無い交差点。  今日は耳鳴りはしない。  私は、角にある電信柱に青い花を手向ける。  青は翔太君の好きな色だった。よく、青いTシャツを着ていたのを思い出す。  靴も青ばっかりだったかも…。  手を合わせて、呟くように話しかけた。  「いつも危険を知らせてくれてありがとう。  みんなの安全を守ってくれてありがとう。  私も、翔太君みたいに誰かの役に立てる人になりたいと思ってる。そうなれるように、見守っててね。」  見えないけれど、いつかの瀧沢さんのように電信柱の影を見る。  「翔太君は怖くないよ。」  記憶の中に居る翔太君に微笑みながら呟いた。  家に帰ってすぐ、いつもの様に、私服に着替えて店の開店準備の手伝いをしていると、瀧沢さんが野菜を持って現れた。  「こんにちは。これ、水田さんからです。」  トマト、キュウリ、なすび。いつもの夏野菜に小ぶりのスイカが入っていた。  「小玉スイカ。今年、初物です。これは、お中元代わりにサービスだそうです。」  相変わらず、ボソボソと話す瀧沢さんは、まだ太陽の熱を持ったままの小玉スイカを私に渡した。  「ありがとうございます。早速冷やしていただきます。」  私が店の冷蔵庫にスイカを入れると、同時に店のドアが開いた。  「ただいま~!」  店中に響くような大声で、聞き慣れた声がする。  「あれ?誰?このイケメン?」  急いで、声の方へ回る。  「瀧沢です。水田さんの所でお世話になっています。」  気圧されるように、声の持ち主に自己紹介をする瀧沢さん。  「えー、そうなの?よろしくねぇ。」  無理やり瀧沢さんの手を取って握手をする。  瀧沢さんは戸惑いよりも、恐怖の表情。  「お母さん。お帰り。」  私は二人の間に入るように、声を掛けた。  「あっ、未來~。ただいま~。」  母は、瀧沢さんの手を放し、私にハグをした。  母のいつもの甘い香水を1週間ぶりに嗅いだ。  「お父さん、奥で串、打ってるよ。」  「そうなの?」  そう言って、キャリーバックを引きながら、奥の個室へ行った。  「母です。」  もう、分かっているだろうが、瀧沢さんに説明した。  「あぁ、うん。何か、見た目通り、元気な人だね。」  それは、つまり。  アッシュカラーに染めた長い髪に、浅黒く日焼けした肌。しっかりと引かれたアイライナーに、重ね付けされた付けまつげ。クラッシュした黒のスキニージーンズに大きく肩の空いたTシャツを露出多めに着ている。母の見た目を言っているのだろう。  「未來ちゃんは、見た目とのギャップがあったから。」  ギャップ?  「私は母の教えに忠実なだけです。」  「教え?」  「はい。女の子がすっぴんを見せてもいいのは好きな男の子の前だけだ。って。」  「だから。」  「だから?」  「いや。高校生なのに、しっかりメイクしてるな。っと思って。」  瀧沢さんは言いにくそうに言った。  「はぁ。」  「お母さん、旅行?」  話題を変えるように、質問をされる。  「いえ、ツアーです。」  「ツアー?」  「はい。母はアーティストの浜崎未來(はまさきみく)の追っかけです。」  瀧沢さんは納得がいったように、首をゆっくり縦に振ると、私を見た。  「あの、ギャルのカリスマ。浜崎未來。  未來ちゃんの名前はそこから来てるんだ。」  「はい。私の憧れです。」  キレイで強い。あんな女性に私も成りたい。  「そうだ、姉がね、これを未來ちゃんにって。」  ジーンズのポケットからカラフルなブレスレットが出てきた。  瀧沢さんが付けているモノと形が似ている。  「お蚕様?」  以前聞いた言葉を言ってみた。  「そう。まだしばらく協力をお願いするかもしれないから。」  申し訳なさそうに言うと、ブレスレットを差し出した。  「お力になれるかは分かりませんが、有難く頂戴いたします。」  私はそれをうけとると、左腕にはめた。  何だか少し、周りが静かになった様な気がした。  「それじゃ、またね。」  瀧沢さんは、別れの挨拶をすると、染まり始めた夕焼けの中へと帰って行った。  今日の夕暮れは、このブレスレットにも入っている、茜色だ。  了
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