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 翌日、夕方になってもまだ外は明るく、でも、昼間の暑さがようやく生ぬるい風に混ざり、夜の温度へと少しずつ変化しようとする頃。  自転車を押す俺の隣を、制服姿でもメイクがバッチリなのに敬語で礼儀正しい未來が歩く。  「最近この辺りで、幽霊に魂を抜かれて、引きこもってしまっている人がいるそうなんです」  水田さんの所で採れた夏野菜を未來の実家が営む居酒屋へ配達するように頼まれた途中。未來を見かけて、昨日のお礼を言った後に未來が言った。  「幽霊に魂を抜かれる?」  「そう。雷愛君が、えっと。空手教室に通ってる小1の男の子なんですけど。その子が、小学校の先生が幽霊に魂を抜かれて学校を休んでるって言ってたんです。  だから、怖くてつい、確かめもせずにハイキックをしてしまいました。  ごめんなさい。」  未來は立ち止まり、しっかり頭を下げる。  夕方の早い時間なので、商店街の近くのこの道には、人の往来はそれなりにあり、そんなところで、20歳の男子学生がギャルメイクの女子高生に頭を下げさせているなんて、ちょっと異様だ。  俺は人目が気になり、直ぐに肩を掴んで頭を上げさせた。  「もう、いいよ。肩も、直ぐにはめてもらったし。何より、お陰様で、仕事と住まいが見つかって。  こちらこそ、ありがとうございます。」  俺は軽く頭を下げる。  本当はもっと、しっかりと頭を下げるべきだと思っているが、人目が気になるので、この位で押さえる。  「いえいえ、それは。瀧沢さんのお人柄です。  ウチの店の常連さんは、癖が強いですけど、皆さんいい方ばかりですから、安心してください。」  「はい。」  二人で再び、店へ向かい歩き出す。  俺は186cm。  未來は160cm後半?170cmくらいだろうか?  二人とも背が高く、細い。無駄な肉は服を脱いでも見つからないだろう。  未來の髪は黒くストレートなのを、高い位置でポニーテールをしている。  カラコンもピアスもネイルもしていないが、まつ毛のエクステが少々長すぎる気もしつつ、カラーこそは抑えつつ、しっかりバッチリメイクを施している。ちぐはぐに思う全体のバランスを取っているのが、短いスカートだろう。  膝上20㎝以上と推測される丈は、歩くたびに揺れて、今にもパンツが見えそうだ。  俺は水田さんの注文通り、格安カットのチェーン店で朝一番に短く切った。腰の強い髪は自然と根元が立ち上がり、セットしたような自然な仕上がりになっていた。 こんなに短く切ったのは、中学生以来で、まだ自分の姿を見ても落ち着かない。  顔のほとんど隠していた髪が無くなり、カットをしてくれた美容師に、今流行りの2.5次元俳優の中に紛れ込んでも違和感が無い、と言われた。  真に受けたわけじゃ無いけど、そう言えば、今朝、水田さんの奥さんに挨拶に行った時、歓迎されていないような雰囲気があったが、髪を切って昼に顔を見せると、手のひらを返したように、満面の笑みで昼食の茶碗に山盛りのご飯をよそってくれた。  美容師の言葉は、あながち嘘では無いのかもかもしれないけど、自分の目に映る自分の姿は、陰気な冴えない男。  すれ違う人たちのほとんどの視線を感じ、俺は店のガラスに映る二人の姿をこっそりと見た。  背の高い二人が並んで歩くだけで目立つ上に、未來は制服を着たギャルで、俺はパッとしない大学生。バランスの悪い二人が余計に人目を引くのかもしれなない。  未來は、そんな事を気にする様子もなく、話を続ける。  「私、お化けとか、そう言うのが怖くて、ダメなんです。瀧沢さんは、大丈夫なんですか?」  「えっ、どうして?」  「だって、神社の階段のところ。あそこ、いかにもじゃないですか。外灯も老朽化で撤去さればかりで、真っ暗で怖い。そんな所に少しでも居られるなんて私には信じられないです。」  未來は昨夜の暗闇を思い出して、ぞっとしたように肩を上げて軽く頭を振った。  「俺は、大丈夫。」  むしろあそこは、静かで落ち着く。  言葉の後半を飲み込んで、間直ぐ前を見て答える。  商店街の終わりにある横断歩道。信号の無い交差点に差し掛かった。  店へはここを右に曲がるはず。  (気を付けて!)  前方から声が聞こえて、持ち主を探す。   隣の未來は右耳を軽く抑えていた。  耳に何か違和感を感じているようだ。  すぐ後に、大きなワンボックスカーが二人の横を通り過ぎた。  俺は角の電柱の辺りをじっと見た後、小さく頷いて未來と共に右に曲がった。  「耳、どうかした?」  未來は俺の質問に驚いた顔をしてもう一度、右耳に手をやった。  「あっ、ちょっと耳鳴りがして。病気とかじゃないんですけど、時々あるんです。」  「そう。いつから?」  すぐ下にある未來の形のいい耳を見ながら聞く。  「覚えてないですけど、小さい頃から時々あった気がします。」  「そう。」  未來のスマホに着信があり、会話はそこで終わった。  「すいません。マヨネーズを買ってくるように頼まれたんで行ってきます。  店、分かりますか?この先を突きあたると、昨日の神社の下に出ますから、そこを右です。」  「うん。ありがとう。」  そう言って、未來と別れた。  未來はスーパーへ行くため来た道を引き返した。  耳鳴りはまたするだろうか?  未來の後姿を見送りながら、そう思った。  あの耳鳴りは、角の電柱にいた少年の霊が未來に発している警告だろう。  俺には「気を付けて!」と聞こえた。  俺は霊が見えるのだ。  昨夜、挨拶したおばあさんも、昨年亡くなった水田さんの母親だ。  今朝、仏壇をお参りさせてもらった時に、「富江」と言う名前だったと水田さんに教えてもらった。  そして、気になる事が一つ。  「幽霊の友達大作戦」だ。  幽霊に魂を抜かれるなんて、今まで出会った事が無いが、それが事実なら、自分が出る幕かもしれない。  左腕のブレスレットを無意識に触り、昨日未來にハイキックをくらった、神社の前で立ち止まり、上へと続く石段を見上げた。
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